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過去の2日に1回日記 保管庫(2012年1月〜3月)


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12月23日〜1月3日はニュージーランド・オーストラリア旅行のため、2日に1回日記の更新はありませんでした。


Re:Start 新年明けましておめでとうございます。
 かなり遅くなりましたが…新年明けましておめでとうございます。ご存知の通り、今年の年越しはオーストラリア・シドニーだったため、一気に夏から冬に戻ってきてしまい、なんとなく体調が変な日々が続いています。
 さて、昨年は良くも悪くも海外旅行の1年でした。計6回、通算で言うと40日以上海外にいた計算になります。年の初めも年の終わりも海外でした。ピッコロ舞台技術学校に行っていた時間がこれに振り替わったものと思われますが、年間収支的にはかなりのマイナスだったので、何年も続けられるものではありません。もうちょっとお金のかからない、日常的な趣味なり、生きる楽しみなりを見出していく必要がありそうです。
 そしておそらく、4月には異動になります。職場が違うと転職したほど仕事内容も仕事量も変わってしまう公務員。外部から与えられる要因とはいえ、やはり生きていく糧ですからおろそかにもできません。変わった初年度は、やはり何やかんやで大変だったりもします。まあ、以前のように全くプライベートがないほどに忙しい職場へ行くことはもう二度とないだろうとは思っているのですが、今年はそれ次第というところが結構大きいです。
 これまでは、「忙しい職場にいたことへのリハビリ」「離婚したことへのリハビリ」ということで、多少無茶なことをしても許してもらえる&自分の中でも納得できる部分がありました。「ケガレ」を埋め合わせる「ハレ」の日々だったとも言えます。ただ、もう5年近くたち、それもしんどくなってきつつある気も。いかに「ケ」である「日常」を再構築・再出発させていくのか、いよいよ40代を始めるにあたっての大きな課題となりそうです。
 本年もよろしくお願いいたします。(2012/1/5)

喪失感と世界地図と次なるディスティネーション
 何だか今年は一段と寒く感じます。数日前まで「夏だった」せいもありますが、「これで世界一周もとうとう終わってしまったなあ」という喪失感が利いているのも間違いないです。
 実は今回の世界一周、ビジネスクラスだったので約100万円かかっていますが、実はニュージーランド・オーストラリアを入れなければ約70万円でした。どうしようかちょっと悩んだのも事実です。ただ、年末年始のベストシーズンとしては魅力的な値段と、ペルー・ボリビアだけだと帰ってきてからの喪失感に耐えられないかもというのがあって、ニュージーランド・オーストラリアをくっつけたという事情があったのです。そういう意味ではショックが2段階なのでまだましな部分はあるのですけど、やはり「終わっちゃったなあ」という淋しさはあります。5月には韓国・麗水万博が待ってはいるのですけど、やはり近場という感じは否めませんし…。まあ、当面はこんな気分を味わってみるのもいいのかなと思ってもいます。
 ちなみに、100円ショップで買ってきた世界地図にルートを書きこんだものを、夏ごろから部屋に貼っています。いま真冬を迎え、このルートを本当に全てたどってしまったんだなあと思うと感慨深いものもあります。この時代、世界一周や間逆の季節を体験したからと言って何の自慢にもなりませんが、でも自分の中で明らかに地球感というのが身に着いたような気もします。次は、アフリカや中近東も体験してみたいなとか、いつかは南極にもとか、そんなこともぼんやり考えています。
 年末ごろはそろそろ旅キャラも打ち止めかなと思っていたのですが、やはり難しいようです。当面は近場を回りつつ、次なる夢のディスティネーションを探していきます。(2012/1/7)

庶民パワーで今年も商売繁盛!
 3連休だらだらしそうだったので、今日は意を決してお出かけ。梅田で劇団四季を見た帰り、ちょっと時間もあるということで阪神西宮で途中下車。西宮神社の宵えびすに行ってきました。本えびすの日の早朝、門から一斉に飛び出す「福男選び」で全国的にも知られるようになっているかと思います。まぐろの奉納でも有名ですね。西宮神社自体は何回か行っていますが、十日えびす自体はこれまでTVでしか見たことがなかったのです。
 正直、行くまであんなにたくさんの人が来ているとは思いませんでした。実際は、入場制限がかかるほどの人数。みんながみんな、真剣にご利益を期待してきているわけではないと思いますが、やはり膨大な祈りの圧力のようなものを感じずにはいられませんでした。今年のお正月は「真夏」でしたので、正直なところ新年という気分にはかなり欠けていたのですが、ちょうどよい初詣になった気も致します。ささやかながら、私も県内商工業の振興と関係者の健康をお祈りさせていただきました。
 調べるともなく調べていたところ、えびすというのは蛭子神で、イザナギとイザナミの間に生まれたものの不具の子だったため流されてしまったとのこと。転じて、他所からやってきたものやたまにやってくるクジラなど大きな海洋生物(いさな)の意味にもなり、漁業神となったとか。何の悩みもないようなニコニコ顔で釣り竿と鯛を掲げる彼にも、いろんな背景があるんですね。そして、この神社の裏手には日本最大の傀儡(くぐつ)師(=人形遣い)集団が住んでいたそうで、中央政権をめぐる歴史とはちょっと違った、庶民の土着的・民俗的パワーを感じさせられる場所でもあるようです。海外もいいけど、県内の身近な場所もなかなか奥深いなあと、改めて感じました。(2012/1/9)

Our Favorite Musicals !
(劇団四季「サウンド・オブ・ミュージック」感想1)

 この3連休は取り立てて大きな予定もなく、だらだら過ごすのも何だよなーと思っていたので、急に思い立って見てきました「サウンド・オブ・ミュージック」。どうやら大阪公演が6月で終わるらしく、それまでに見ておかないとと思っていたのです。解説するまでもなく世界で最も親しまれているミュージカルであり、劇中で使われた「ドレミの歌」や「エーデルワイス」を知らない日本人は(よほど高齢の方は別にして)ほとんどいないと思います。映画はもちろんですが、大学時代にESSが英語でやっていたのを見たこともあります。そういう意味では、お話の筋も曲も全て分かっている上での観劇でした。
 さて見ての感想ですが、かなりあっさりとしたお話の流れだったなと。演劇と映画の差もあるとは思うのですが、筋書きを知っているが故に、つい筋をなぞっているようについ見えてしまうのです。トラップ大佐の心変わりも一瞬ですし、マリアが自分の抱いた恋心に恐れおののくのも一瞬ですし、なんとなく予定調和的だなと。アメリカのミュージカルというと、West Side StoryやRENT、Wickedのように、混沌とその中に垣間見える希望というイメージがあるのですが、最初から最後まで明るく楽しいミュージカルだったなと。1959年作という時代かもしれませんし、日本に持ってきたときに子どもにも耐えられるよう整理してあるのかもしれません。
 とはいえ、このミュージカル最大の魅力は、曲であり歌でしょう。前述の2曲以外にも、関西以外で有名な某CMで使われている「私のお気に入り」、軽妙な掛け合いが楽しい「もうすぐ17歳」、ちゃんと話の伏線にもなっている「さようなら、ごきげんよう」、そして感動的な「全ての山に登れ」と、1作品に1つでもあれば大成功といえるような名曲だらけなのです。それがさほど違和感なく組み立てられている。本当にお見事。更にかわいらしい子役さんたちも一生懸命頑張っており、それもまた好感が持てます。
 分かりやすく、前向きな作品という意味では、新年初観劇としてふさわしかったとも言えます。今年もまた、いろんな演劇に触れて、いろんなことを考えていきたいなという思いを新たにしました。(2012/1/11)

Something Somehow Strange.
(劇団四季「サウンド・オブ・ミュージック」感想2)

 さて、この「サウンド・オブ・ミュージック」ですが、このお話がかなり政治的なものであるというのは以前どこかで読んで知っていました。簡単に言ってしまうと、トラップ一家がナチスのオーストリア支配から逃れて国を出ていくというストーリーなのですが、これが作られた1959年はまさに冷戦のど真ん中でした。キューバ危機が1962年ですから、まだ米ソ間にホットラインもない時代です。ナチスと当時のソ連を同一視し、そのくびきから逃れて自由の国へ。劇中ではスイスですが、明らかにその視線の先にはアメリカが見え隠れします。そんな一家とそのお話を当時のアメリカ人が大喝采で迎えたのはよく分かります。
 それと同時に今回思ったのが、このお話ではオーストリアがかわいそうな国に描かれているなあということ。ナチスの「犠牲者」としてのオーストリアが描かれているのです。よく知られている通りヒトラーはオーストリア出身であり、ドイツ・オーストリア併合(アンシュルス)は大多数のオーストリア国民に歓迎されたのが実態。しかし、それは注意深く隠され、オーストリアの人々は、いやいやながらナチスに従わざるを得なかったか、ナチス支配から逃れて美しい国を捨てざるを得なかった、まるでエーデルワイスのようにか弱く清純な人として描かれているのです。
 実は作品制作当時、オーストリアは東西対立の西側の最前線。名目上は永世中立国を名乗っていたものの、実質上は西側陣営の大きく東側にせり出した窓口でもありました。本来ならドイツのように分割されてもおかしくはなかったのですがそんなこともなく、オーストリア、とりわけウィーンは東西の緩衝地帯として、表裏両面での国際的な取引の舞台になります(それが現在の国際的な地位と繁栄につながっています)。「戦略的にも重要だから、オーストリアの責任問題はとりあえず棚上げして、こっちの味方につけておこう」という発想は、当時の西側陣営には必ずあったと思います。このお話は、そんな政治的思惑にも期せずして(?)あっていたのだなということを、改めて感じてしまいました。(なお、より詳しい話は、「「サウンド・オブ・ミュージック」・・・オーストリアの憂鬱」、「映画「サウンド・オブ・ミュージック」の秘密」などをご覧ください。なかなか面白いです。)
 実はオーストリア、過去2回いっているのですが、1回目はチェコに入るためのリンツ1泊(実質午前中のみ)、2回目は友人を訪ねてのウィーン3泊(実質2日間だけどうち1日はスロバキアにいった)のみで、ちゃんとメインのディスティネーションとして行ったことはないのです。これはちゃんと行って、その光と影を確かめてこないといけないなとか、改めて思ったりもしているのです。(2012/1/13)

上手い人と一緒のスキーは疲れるの法則。
 今週末は昔の職場の方のお誘いでスキーに行ってきました。1日目は高鷲スノーパーク&ダイナランド、2日目はホワイトピアたかすでした。今年は雪質も良く、天気もまあまあ、行き帰りは大きなレンタカーで快適、泊ったペンションの食事もなかなか良く、楽しいスキーができました。今年は(も?)2月〜3月に観劇だの演劇お手伝いだのの予定が色々と入っていることから、今シーズンはこれが最初で最後になってしまうかもしれません。ちょっとさびしい気もしますが、スキーというのはなかなかお金もかかるので、年1、2回が適当という気も致します。
 ちなみに、今回のメンバー、全部で9名(+お子さん1人)だったとのですが、全員私よりもスキーの出来る人でした。となると、全員が固まって一緒に滑る場合、私がどうしても最後になってしまいます。自分がようやくたどり着いた頃には先頭の人は相当待っている状態なので、またすぐに次の場所に滑り降りていってしまう。最後にたどり着く人は結局ほとんど休憩をとることなく滑り続けなければなりません。もちろん親切で待ってくれているのは間違いないのですが、逆に最後になる人間にとってはそれが非常に大変でしんどいことなのだということを、久々に「一番ダメな子」になって気付きました。なんだか日常生活においてもそういうことって実際にあるような気もします。良かれ悪しかれ、社会でも趣味でも、自分が中堅の立場になりつつあって、そういうことを忘れかねないので、気をつけないといけないなあと改めて感じました。
 ちなみに、私はもう全員で一緒に行動しなくてはという意識も義務感もないので、状況を見て途中からひとり離脱させていただき、ゆるいコースをのんびりと回ったり、携帯で写真撮ったり、時には喫茶店でお茶したり、休憩所でスキーブーツを脱いでのんびり寝たり(笑)していました。上手い人に必死に食いついていくこともまた上達の一つの方法であるのも間違いないのですけど…。やっぱり、スキーレベルは最後まで今の状態のままでとどまってしまいそうです。(2012/1/15)

みてるよ。
 1993年8月、大学3年生の夏休み、私は熊本大学の公開臨海実習に参加していました。実習内容がシオマネキの行動観察ということで、心理学専攻でありながら動物行動に興味を持っていたため、多少無理を言って参加させてもらったのです。生物学の専攻が同じクラスター(学群)にあったのも好都合でした。
 実習自体もいろいろと意義深かったのですが、その帰り道、また熊本経由で帰るのはもったいないということで、天草から島原半島に渡り、長崎で遊んでから帰ることにしました。実は島原半島、この2年前に雲仙普賢岳の噴火で大変だったのですが、もう2年もたっていて鉄道も復旧していたので、もう大丈夫だろうと思っていたのです。口之津港から、天草四郎で有名な原城跡などを見て、いよいよ島原の町へ。途中からは代行バスに乗り換えたのですが、そのバスの窓から見えたのは、家々が半分泥に埋まったままの衝撃的な光景でした。撤去するでもなく、住むでもなく、確かにあったであろう生活が閉じ込められてしまったかのような光景。2年経っても何も変わっていないし、人々は故郷に戻れていない。しかし、自分を含めて、他の地域に住んでいる人々はもうそんなことはすっかり忘れてしまっている。ニュースとニュースとなった現場とのあまりにも大きな乖離に愕然としたのを繊細に覚えています。そして、その後訪れた島原の街が何事もなかったかのように綺麗だったのも、逆に強烈な印象でした。これが私の「災害」初体験だった気がします。
 その後、故郷である神戸が震災に見舞われ、ほぼ同じような光景を見、同じようなことを感じることになりました。そんなこともあって、長野県栄村、ニュージーランドのクライストチャーチ、液状化のひどかった浦安や旭…もうニュースにはあまり出てこない被災地につい思いを馳せてしまいます。自分自身はボランティアもできないし、せいぜい小銭を募金箱に入れるぐらいだけれど、大きな災害の代表的な被災地だけでなく、そんな声の伝わってこない被災地・被災者にも心を寄せたい、見守っていきたいと、あらためて思っています。(2012/1/17)

これからの道のりも、ご一緒に。
 なぜそこにたどり着いたのか詳しい経緯は忘れたのですが、先日、雨宮処凛さんの自伝的処女作『生き地獄天国』を読みました。ゴスロリの服を着た変わった女性という印象しかなかったのですが、どういう経緯で右翼に入り、今は格差社会に反対する左翼系人物の一員となっているのかが良く分かりました。と同時に思ったのが、「ああ、同世代の人だなあ」と。私は1972年生まれ、雨宮氏は1975年生まれということで多少の差はあるのですが、第二次ベビーブーム世代という点では一緒。そして、世の中に対する見方とか、転機になった出来事とかが一緒なんですよね。たとえばアレルギーの子どもが増えてきたこと、壮絶ないじめとそれを無視する教師、どこか違う世界で発生して消えていったバブル景気、オウム真理教とそれに対する一種のブーム、阪神・淡路大震災、「おたく」狩りとサブカルチャーの台頭、北朝鮮との雪解けムード…描かれた出来事の中でかなり共通する経験が多いなあと。もちろん、それをどう捉え、それにどう対応してきたのかは全然違うのですが、でも共感できる出来事や考え方が非常に多かったのも事実です。
 話は変わりますが、最近、Facebookで昔の同級生の動向や意見を目にすることが非常に増えてきました。私は自分の出身校(中学・高校)があまり好きではない&もともと友人が多い方ではないので、卒業後しばらくの間、ほとんどの方と没交渉になっていたのです。わざわざ非公式の同窓会を企画することも、それに出席することもありませんでしたし。ただ、Facebookだと文章だけですし、気軽に繋がれます。生来の調査好きも相まって、あれよあれよという間に100人近い方と繋がることに。すると、彼ら彼女らの書いている記事も色々と目にするわけです。社会的な立場も地位も、家庭環境も、あるいは住んでいるところも全然違う、かつての同級生、同世代の人々。でも、そこには必ず、何か共通する部分や同じ経験があるのです。もちろんそれをどう捉え、どう対応してきたのかは人によって全然違うのですけど。1.17に対する皆さんの書き込みで、そんなことを改めて感じました。
 1970年代前半組。日航機が御巣鷹山に墜落し、チェルノブイリが爆発し、スペースシャトルチャレンジャー号が打ち上げ失敗し、ソ連が崩壊し、阪神・淡路大震災が発生し、地下鉄にサリンがまかれ、世界貿易センタービルに飛行機が2機突っ込み、そして東日本大震災の津波で街が壊滅し、福島第一原発が爆発し…。これからも私たちの前には様々な出来事が起こっていくことでしょう。それを一緒に経験しながら、ともに共感し、ともに対処し、考えていきたい。そして、いつの日かそんな歩みを、お互いの立場は忘れて、一緒に振り返って語りたいなと。いよいよ人生の折り返し地点を迎え、そんなことも感じているのです。(2012/1/19)

メガ盛り、いろいろなものを積み上げて。
 先週の金曜日、新年会ということでピッコロの友人と、甲子園にあるメガ盛りで有名なお店に行ってきました。最近、首都圏を中心にメガ盛り、デカ盛りのお店が流行っているようなので、そんなのの一つかなとも思っていたのです。それにしては昔ながらの普通の定食屋の店構えだなあと思いつつ、お店へ。
 私以外の3人は女子だったので、私が普通を頼み、他の3人は小。しばらくたって出てきたのを見て「なかなか食べごたえがありそうだなー」と思ったところ、なんとそれは小。普通はとんでもない山盛りでした。真偽のほどは分かりませんが、あるブログによるとご飯が2.5合あるとか…。たしかにそれぐらいは優にあった気がします。味付けが美味しいのでさほど食べ進めるのはしんどくないのですが、それもさすがに程度問題。結局、残念ながら遭難(完食できず)してしまいました。
 とそこまでは、ある意味普通の(量は全然普通ではないものの)流れだったのですが、そこからちょっと雰囲気が変わってきまして…。お店の大将から、お店を始めてから40年近い歴史と、なんでこんな大盛りを始めたのかのお話を伺うことに。来てくれるお客さんと、これまでの社会への感謝をこめて、採算度外視でやっておられるとのこと。そういう思いがあるからこそ、単に流行に乗っただけのメガ盛り、デカ盛りとは一線を画しているんだなと。大将のお話に触発されて、友人ともいろいろ話が弾み、かなり長居してしまいました。
 社会にはいろんな人がいて、それぞれ思いでそれぞれの仕事と人生に取り組んでいる。さて、自分は、自分たちはどうなんだろう。人生の終わりが見えかけた時、何をどう語ることができるのだろうか、食べ過ぎでちょっと不安なお腹を抱えながら、そんなことも考えていたのです。(2012/1/21)

社会派演劇ができる、稽古場が有料の、街の中で。
(笑の内閣「ヅッコケ三人組の稽古場有料化反対闘争」感想1)

 以前見たLINXSの中で、とにかく面白かった「笑の内閣」(感想)。京都が本拠地ということでちょっと遠かったものの、「京とれいん」初乗りなども兼ねて日曜日に見てきました。場所は東山青少年活動センター、今回の題材である「有料化」のまさに本拠地です。その場所でこのような芝居をやるということもすごければ、やらせる方もある意味すごいといえばすごい気もします。まあ、京都は市長選中なので騒ぎにくいというのもあるのでしょうけどね。有料化にかかる役人的考察は次回に回しまして、まずはお芝居の話から。
 日曜日は公演1回のみ、千秋楽、唯一アフタートークあり。ということで超満員のお客さん。桟敷席だったのもあって、久しぶりに小劇場で「皆さんもうちょっとずつ中に寄ってくださいねー。お願いしまーす」というスタッフさんの言葉を聞きました。そんな厳しい状態だったのですが、本編の約1時間40分は、まさにお尻の痛さを忘れさせるほど濃密な時間。なんといってもセリフも筋書きもテンポが良いのです。そして魅力的なのが超個性的な役者たち。メインのズッコケ3人組はともかく、低俗過激団所属のぶりっこ女優アキナちゃん、本当にいそうな調子のよい市議会議長、セクシーな女性議員・平下さん、そして妄想系新聞記者の当麻さん…とにかく印象的な、キャラ立ちしたキャラクターがこれでもかと出てくるのです。そして、所々に散りばめられた言葉遊びや小ネタの数々。最後の謎解きも含めて、一見がさつに見えてなかなか細かいところまで目のいき届いた、良質のエンターテイメントでした。
 もちろん、これは単なるエンターテイメントではなく、3年前にあった「青少年活動センター有料化問題を風化させてはいけない」という代表・高間氏の思いがあっての作品。ただ、作品中では特定の主張を前面を出さずに、いろんな立場の人々の意見を明らかにしながら、問題は問題として観客に提示していました。それを受け取ってしまった、問題を見知ってしまった、多かれ少なかれ演劇に携わっているであろう観客がどう考え、どう行動するのか。大上段に構える必要はないのだけれど、やはり演劇を含めたパフォーミングアーツというのは「社会」「地域」と無関係ではいられないのかなとも思ったのです。(2012/1/23)

公務とは、かなり受け身的なもの
(笑の内閣「ヅッコケ三人組の稽古場有料化反対闘争」感想2)

 さて、今回の演劇の題材は「青少年センター(稽古場)有料化」だったのですが、公共施設の使用料設定というのは、なかなかに難しい問題です。劇中でも「民間準拠」という考え方が示されていましたが、純粋に民間で同等の施設があることはまずないのが普通。さらに劇中でも言われていたとおり、民間と同等であるならば、そもそも公共がやる必要がないと言えます。理念的にいえば、建物の減価償却費除きの運営費を使用料で賄うというのが一番正しい気もしますが、実際のところそれではとても一般の人が気軽に借りれない金額になってしまうことが大半。結局は「近隣自治体の同等施設準拠」で金額を決め、後追いで運営費全体に占める割合など、その金額の理屈を立てておくというのが実態のような気がします。
 この方法、全く自主性のない、考えの足りない方法のように思えます。実際、私もそう思っていました。ただ、最近、自分が予算を立てる側から使う側になって、決して悪いだけでもないなと思い始めています。一つは、日本の自治体には自主的に税率を決める自由が実質上ないこと。すなわち「この街は公共施設をタダにするなど、住民サービスを充実させる代わりに税率を上げる」「この街は何にもしないけど税率は安い」などということが実質上出来ないのです(減税をしてしまうと、裕福な団体ということで起債(借金)が事実上認められなくなります。よほど裕福な団体でない限り(臨時財政対策債という半ば国制度としての借金ができたこともあって)、地方自治体の無借金経営というのは事実上困難ですし、世代間調整という地方債の意義等から言っても無借金経営が適切ともいえません)。そしてもう一つは、日本の場合、そこまで個別の市町村や都道府県に対する帰属意識というのは強くなくて、「日本国民みな平等」的な発想の方が明らかに根付いていること。アメリカのように、州が代われば税率も法律も変わってしまうというのは、なかなか受け入れられないように思えるのです。現に、決して転居が容易とは思えない夕張市においても人口流出が止まらないという現状があります。行政・公共が物事を保守的に、ある程度横並びを気にしながら決めていくというのは、実は非常に現在の社会制度や住民・国民感情に適した方法であるようにも感じているのです。
 逆に言うと、昨今各地で話題の公共セクターが理念に走って急進的に改革を行うというのは、若干どうかと思ったりもしています。社会の主役はあくまでも民間であり、公共セクターというのは補完的な役割を果たすセーフティーネットであり、社会の要請に対して受け身的であるべきなのではないかなと。もちろん、この閉塞的な状況を打開するために様々なカンフル剤が必要なのも事実とは思うのですが、その副作用が下手をするとセーフティーネットからこぼれおちる人を作りかねないということも、常に気にしておく必要があるのかなと考えているのです。(2012/1/25)

今は大人のあなた方一人ひとりを形作っている青春は。
(ゲキバカ「ニトロ」感想)

 さて、京都は東山青少年活動センターで「笑の内閣」を観たのち、阪急沿線の自分は滅多に乗らない京阪電車に乗って、大阪へ移動。夜はインディペンデントシアター1stにてゲキバカ「ニトロ」を観ました。東京が本拠地の劇団・ゲキバカさんの大阪公演です(ちなみに、本拠地の東京では行わず、名古屋・大阪だけでやる演目だそうです)。以前、LINXSでその実力は拝見しており、今回の公演も楽しみにしていました。
 基本的には男子高校生6人のお話。そこに、相当変わった担任教師が絡んできます。いかにも男子高校生らしくバカバカしく元気でやかましく。そんな中にも、それぞれの将来や現状への思いが見え隠れして…というお話だったのでした。実は、最初からちょっと気になっていたのですが、実は私、中学・高校時代が楽しかったという思い出があまりないんですよね。いろいろと原因は考えられるのですが、独特な「校風」に合わなかったというのが明らかにあります。男子校的なバンカラさというか、遠慮のなさもダメでしたし。そういう意味で、あの場に出てきた男子高校生の集団に感情移入するのは相当難しかったです。かなり個人的な理由で、ちょっとしんどいお芝居でした。
 ただ、最後の最後、全員が高校生時代の服を脱ぎ捨てて、それぞれの職業を表すような服に着替えるというシーンはよかったなあと。もともと各自がなりたかった職業にはつけてないにも関わらず、でもみんな満足そう。それぞれに青春時代があり、その後の苦労や挫折があり。それでも、こうして大人として今を生きている。それは、今現在、社会の様々な場所で働き生活している、自分を含めた「大人たち」も一緒なのだなと。そんなメッセージが感じとれたのです。最後の一瞬のためだけに相当複雑な衣装を用意しなければならず、決して効率的な演出ではないものの、実に効果的な演出だったなと思います。
 思えば、あの「合わなかった青春時代」も、今の自分を形作っているのは間違いないはず。それも含めて受け入れていかざるを得ないのだろうなとも、感じたのです。(2012/1/27)

カルーアミルクに気をつけて。
(オリジナルテンポの演劇学校CAMP!!「嘘つきの一日」感想)

 芸術創造館の企画として行われている「イマドキの演劇学校CAMP!!」。「演劇学校」と検索すると出てくるので、募集の時から気にはなっていたものの、自分は役者をしないので気になっているだけで終わっていたのですが…。その集大成とも言うべき事実上の卒業公演に行ってきました。実はピッコロ時代に知り合った方も出演されていたり。この世界って狭いですね。
 会場に入るなり、舞台上には無数につられた洋服やカバンや書類やマフラーやトイレットペーパーが。そしてその下に横たわる登場人物たち。つりさげられた小物たちも、役者さんの服装も、みんなパステルというかビビットな感じで統一されています。入った時のインパクトは絶大でした。そして、なんとなく始まるお話。全員が関わったり、あるいは部分部分でお芝居が進んだりしながら、全体として「嘘つきの一日」が語られていきます。確かに、明確な筋書きというのはありませんし、ここのお話がどこからがホントでどこまでがウソなのか明かされもしません。「全て精神病院の中のお話でした」みたいな安直な落としもありません。そういう意味では不安感というか不思議さも抱いてしまうのですが、それこそがまさに「ある晴れた昼下がり/私たちは今日も/自分を見失う」というコピーの状態なのだろうなと。個人的にはかなり好きなタイプのお芝居でした。
 現実感がないという点で統一感のある美術・衣装もなかなか。(スーツの彼と、受付嬢の彼女は、あの二人だけを普通の服装にするのであれば、もうひとひねり欲しかったのですが。)そして、それを見事にバックアップした音響と照明。音響は、舞台上にあるピアノとのコラボレーションもなかなかで、舞台上に不思議な空間を作り上げていました。そして、嘘つきに「ウソ」と書かれた紙を貼り付けるなどと言った一周のお約束(メタルール)。あまりのチープさに笑ってしまいますが、こういう手法もイマドキのお芝居だなあと。とにかく「嘘つきの一日=私たちの日常」のメタファーとしての、奇妙で不思議な空間としての統一感・空気感が非常に気持ち良かったです。
 もちろん、今回の主役である役者さんたちもそれぞれに個性派ぞろい。とりわけ女性陣が各人各様に面白く、直接存じ上げている竹村奈津さん以外では、独特の服装としぐさで目を引かずにはおれないくにえださわこさんと、猫か人間かというこれも不思議な役をやったシンドウミチルさんが印象に残りました。もちろん、そのほかの方々も、ゲスト出演の皆さん方も、非常に面白かったです。きっちりとした下地に個性的な役者を乗せたから、ここに見るとバラバラのちょっと分かりにくい筋書きであっても伝わってきたものがあるのかなとも思いました。
 ちなみに、劇中に不思議と何度か出てくるアイテムというのがあり、そして当然、その謎解きは一切されません。もしかしたらエチュードの名残なのかなとも思いましたが、そのうちの一つがカルーアミルクでした。カルーアミルクと言えば子どもでも十分飲めるほど甘くて飲みやすいにもかかわらず、実は非常にアルコール度の高いカクテル。このお話も、明るくビビットで楽しい舞台を作っておきながら、実はその裏に潜んでいるものはなかなかに深い人間への洞察なのかもしれません。(2012/1/29)

しあわせの五十回忌
 身近なところで「五十回忌がある」という方が重なりました。法事と言うと個人を偲ぶ行事なのですが、五十回忌だけは多少違うようで、「よくぞここまで親類縁者が生き残ってきて、忘れ去られることなく、また一堂に集まることができた」という、一種のお祝いのようです。実際、地域によっては五十回忌を持っていよいよ仏や神霊になったということで、お祭りとして行われるところもあるようです。
 ところで、今後お葬式は増えても五十回忌までやってもらえる人って減るだろうなと思わせる記事を先日見かけました。国立社会保障・人口問題研究所による日本の将来推計人口の調査結果です。これによると、2060年の推計人口は8,674万人。現在の約3分の2にまで減少するそうなのです。現在の社会保障制度が成り立たなくなる、経済が縮小していくというのが大きな問題ではあるのですが、法事などの祭祀や自分を気にしてくれる人も減少するという問題があるなと。実際自分を振り返ってみても、甥っ子はいるけど直接の子どもではありませんし、実子もものごころが付いてから一緒に生活していない訳で、三回忌ぐらいまでならともかく、その後はなかなか難しいだろうなという気がしています。周囲にけっこういる独身の一人っ子や、兄弟姉妹に子どものいない人はなおさらでしょう。更に、五十回忌ともなると、次の次の代ぐらいまで確実に子どもができて引き継いでいないとできないわけで、現在の結婚・出生状況では、確率論的に言ってまず難しいだろうと言わざるを得ません。
 阪神・淡路大震災の時、仮設住宅や復興住宅での孤独死が問題になりましたが、その後減った訳ではなく、今や孤独死程度では騒がれなくなりました。そして今後は、死んでも全く知り合いや近しい親せきがいない「無縁死」が増えてくるような気がします。もちろんそれに向けたサービスなどもできてくるのだろうとは思いますが、日本が必死で求めて手に入れたはずの「豊かさ」や「自由」とはなんだったのか、五十回忌を迎えた先祖の方々にちょっと説明しがたい気もしているのです。(2012/1/31)

2月の「予定は未定」
 これから、毎月1日はその月のざっとした予定を書くことにしよう。そうしよう。

【観劇予定:○予約済み △検討中】
○バクダットカフェ「男子」インディペンデントシアター1st
○クルール「シアトリカル」BIG CAT
△劇団鹿殺し「青春漂流記」ABCホール
△劇団太陽族「異郷の涙」ドーンセンター
△プロジェクトKUTO-10「楽園!」インディペンデントシアター2nd
○大阪大学コミュニケーションデザイン・センター「ロボティクス演劇祭」大阪大学豊中キャンパス
△ミクロトゥマクロ「ハネモノ/ブルー・ヘブン」芸術創造館
○May「風の市」「チャンソ」一心寺シアター倶楽
○仲道郁代×内藤裕敬共同企画「窓の彼方へ」ピッコロシアター
○兵庫県立ピッコロ劇団「劇場版 日本三文オペラ」兵庫県立芸術文化センター
△KAKUTA「TurningPoint 分岐点」ザ・スズナリ
○文学座付属演劇研究所本科51期夜間部卒業発表会『シーンズ フロム ザ ビッグ ピクチュアー Scenes from the Big Picture』文学座アトリエ
【その他】
・2/7 友人公演お手伝い(演劇ぺーぱーびゅー感パニー!「疑惑のメトロ」吹田市文化会館メイシアター
・2/25-27 マニアック東京上京
・ぼちぼち年度末ということで、飲み会予定もいろいろと。

 改めて書き出してみると演劇尽くしだなあ。そんなに演劇好きだったっけ(笑)。ともあれ、今月も観に行きたいもの、やりたい事がたくさんあって、ありがたいことです。いつもの年よりも1日長い2月をみんなで楽しみましょう!(2012/2/1)

あたりまえの崩壊
 最近、ツイッターだのフェイスブックだのができて、それに自分の悩みを綴る人も増えてきて、「みんなそれぞれに悩みを抱えているんだなー」と思うことが増えました。特に感じるのは、演劇関係の友人のような若い人が、自分の進路に大きな悩みを感じているように思えます。それも大学卒業前だけでなく、その後もずっと悩み続けているのです。
 よく思うのが、「選択肢が多いというのは悩みに繋がるんだな」ということ。女性は高校でたら腰掛で就職して、何年か経ったらお見合いで結婚して、専業主婦になって、早めに子ども作って、子どもを育てて暇になったらパートに出て…とか、男性は大学卒業後、一度勤めた会社にずっと勤務を続け、時には家庭を顧みずに仕事に打ち込み、そうしているうちに給料も上がってきて、そこそこの退職金をもらって引退…とか、そういった典型的な人生のパターンというのは明らかになくなりました。もちろん昔だって、実際にそのようなコースをたどることができた人は決して多くはなかったと思うのですが、すくなくとも目指すべきものとか標準とか言うのがあった。それが明らかになくなってしまったということは、近年特に感じます。より個人の自主性を重んじる現在の方が、固定的な役割観念に取りつかれた昔よりも、よりよい社会であるのは間違いないのですが、では生きやすい社会かというとそうでもなさそう。やはり「ジャパニーズドリーム」とか「ジャパニーズスタンダード」的なものがないと、なかなか若い方が生きていく上での指標となりえないのかなとも思います。
 私が若かったころは、よしあしは別として、まだまだレールがあるように見えていたし、それを信じている人が多かったのも事実かなと。でも、今の20代の人々は明らかに違う。生きる上での「あたりまえ」が、ここ10年や20年で崩壊してしまった日本。それこそがまさに失われた10年、20年なのかなと思わなくもないのです。(2012/2/3)

飛んでみなきゃどんな羽根があるかは分からない
(クルール レコ発ワンマン公演「シアトリカル」感想)

 メジャーデビュー目指して、日々階段を上がりつつあるユニット「クルール」。そのワンマン公演がお芝居との融合という形で行われました。場所は、大阪はアメリカ村のBIG CAT。そもそもアメリカ村自体ほぼ初めて、いわゆるバンドのライブに行った記憶もなく、ワンドリンク制とか整理番号順とか、いまいち「お作法」が分からなかったのですが、ピッコロの友人が役者として出ているということで、ピッコロの友人とともに行ってきました。
 メインボーカルのおーそねさんが、キーボード&コーラスのくみぃさんと出会う場面のお芝居から、リハーサルという名目で何曲か、おーそねさんがリハ会場から消えたという想定での演技、戻って来ての本格的なライブ、最後にちょこっとエピローグ的なお芝居と、ライブを邪魔することなく、でもお芝居としてもちゃんと成立していたことがまずは高評価です。もと役者のおーそねさんだからこそ作れた舞台でというのはは間違いでしょう。そして、役者の今井梢平さんとの絡みもばっちり。今井氏はファンが付いたかなと思えるほどの活躍ぶりで、彼の役者としての力量を改めて思い知らされた気がします。くみぃさんはお芝居初体験だったこともあってか男性二人に焦点が当たったお芝居となっていため、藤波加奈さんの出番が若干少なかったのが残念。それでも、場面を大きく転換させるという役割をきちんとこなしていました。そして、くみぃさんもラストの一言は、単にセリフの良さだけではなく、生来の自分の性格(若干ワンワードキラー的なところがあるのでしょうか)を乗せて発していて、なかなかに良かったです。そのあたりはアーティストの勘なのかもしれません。
 私自身はそもそも大箱のライブハウス自体がほぼ初めてで(以前行ったのはライブバーでした)、客席部分が平らステージがはるか上ということ自体になかなか慣れなかったり。逆に言えば普段演劇をやっている役者さんもいろいろと勝手が違ったのではないかと思います。一番感じたのが「影」で、おそらくライブでは舞台上を登場人物がゆっくりと歩きまわるようなことを想定していないので、役者さんの顔が陰になってしまう(あるいはマイクの影がかかってしまう)ことが結構あったんです。演劇ホールではまずないことなので多少びっくりしました。あとは、もうちょっとくみぃさんのキーボードと歌も大きな音量で聞きたかったなと。このあたりは私自身は一般的なバンドのライブというのを全く知らないので、とんちんかんな発想なのかもしれませんが。
 ともあれ、公演は終了しました。私は全く知らなかったのですが、確かにBIG CATというのは素人目にも大きな会場で、アマチュアとしてここでやるのはかなり大変だったのだろうと思えます。そもそもコピー自体が「アマチュアの限界を超えろ! 」でしたし。でも、もう彼らはやってしまった、超えてしまった、飛び立ってしまった。クルールのお二人が、昨日のステージの上からどのような道を見ていたのか、どのような道を歩んでいくのか。今後の活躍も大いに期待しています。(2012/2/5)

マニアック東京上京 交通編
 2月末の週末に、東京に上京することになりました。もともとは友人の演劇学校の卒業公演を見に行くことが主な目的だったのですが、まともに東京に行くのは久しぶりというのもあって(成田にはちょこちょこ言ってますが(笑))、どんどん本筋とは全く違った方向でマニアックな旅の計画が出来上がりつつあります。まずは、行き帰りの交通編から。
行き: WILLERTRAVEL JX222便 大阪→東京
 いわゆる夜行バスなのですが、半個室になっているコクーンシートです。実際のところ、料金の方もぷらっとこだまや飛行機早割とほぼ同じだったりするのですが、一度は乗って確かめてみたかったのです。というのも、この座席、飛行機ビジネスクラスで言うところのいわゆるヘリンボーン式配列で、私がリマ−トロントー成田のエアカナダや、成田−オークランドのニュージーランド航空で乗ったものとかなり似ています。どこが同じでどこが違うのか、まだ体にビジネスクラスの余韻が残っている今のうちに確かめてこようかと思っています。
帰り: ANA NH25便 東京→大阪
 帰りは飛行機で帰ってきます。そして、このNH(ANA)25便、ご存知の方も多いかと思いますが、1月23日からボーイング787ドリームライナーで運航されています。2011年11月にANAが世界初の営業飛行を行った、ボーイング久しぶりの新機材。これまでの飛行機との違いもいろいろと聞いており、是非早めに乗ってみたかったのです。一番確かめてみるべきは、ちょっと変な話ですが、世界ではじめて航空機に取り入れられたトイレのウォシュレットでしょうか。国内線専用機にはないらしいので、国際線用の機材が期間限定で国内を飛んでいる今がチャンスかなと。777-200に初めて乗った時の感激をまた感じることができるのか。楽しみです。
 ということで、結構お金はかかってしまったのですが、行き帰りもなかなかにマニアックなのです。(2012/2/7)

イマ、ココで、分かりたい
(baghdad cafe'「『男子』」感想)

 ものすごく評価の高い公演です。ですが、個人的には若干?もついた公演でした。
 実はタイトルやらチラシのデザインやらチラシの裏側のポエミックな文章やらにヒントがたくさん隠されていたのですが、このお話、舞台上を女子8人が駆け回るにもかかわらず、実は一人の男子の内側を描いています。実はそれが、最後の10分前ぐらいまで私には分かりませんでした。分かってしまってからは「そうなのか」と思い、彼女たちが発する熱気にもセリフにも感動できたのですが、逆に言うと気がつかなかったら「なんだかすごかったけど、よく分からなかった。分からない自分が悪いんだろうな」で終わっていたと思います。自分がおバカなだけかもしれませんが、実際、ツイッターやらブログやらで探してみると、意外と「自分はこういう観念的なお芝居は理解できなかった」とか「白状すると楽しみ方が良く分からなった」とか自罰的な感想もちなほらと見受けられました。良くも悪くも玄人好みの作品だったとは思います。
 まあそういう玄人向けの作品があってもいいし、それにお客さんが入っているのも事実ですけど、若干気になったのが、「台本を読んで改めて内容が良く分かった。衝撃的だった」という感想ツイートが散見されたこと。最近、その場で台本を売るのが大阪小劇場界のトレンドとなりつつあるのですが、本来演劇というのはその場で演じられることで完結すべきで、台本で謎解きをするのは正直、あまり感心しません。というか、本当にそれがしたいんかなあとも思います。岸田賞狙いとかあるんかなあ…。
 とはいえ、作品の内容を端的に表現したチラシから始まって、固さとしなやかさが印象的な舞台美術、極端なカラフルさが逆に真剣さを際立たせる衣装、ポイントポイントを押さえた照明、若干キャラメルボックス風な盛り上がり方をした音響、そしてそれぞれが個性的でありながら一体感も醸し出す女優陣と、非常に高レベル・ハイセンスな舞台であったのは言うまでもありません。壮大な自分応援歌を、コンビニに出かけるという単なる日常を切り取ることにより、決して感傷的にならず、でも感動的に描いたというストーリーの構想、そして女優陣から発せられる一つ一つのセリフも心に迫ってくるものがあります。非常に素晴らしい公演だったのも紛れもない事実なのですが、あまりにも高評価の感想が多かったので、あえて疑問点を書かせていただきました。
 …でも、やっぱり台本、読んでみたいかも(苦笑)。(2012/2/9)

「ああ、幸せやなあ」を越えて
(演劇 ぺーぱーびゅー感パニー!!「疑惑のメトロ」感想)

 久しぶりに当日お手伝いスタッフとして受付に入らせていただきました。それはそれで色々と感じたことがあるのですが、まずは演劇の方の感想から。ちなみに、本番中は外におり観たのはあくまでもゲネですので、そのあたりは割り引いていただいて。
 基本的には痴漢冤罪&使い込み冤罪のお話なのですが、その追求や究明にはそれほど焦点があたっておらず、むしろそれを取りまく家族の交流ややりとりが描かれます。70分程度の作品に暗転が7回とかなり多かったのですが、お話自体がテンポ良く進むのであまり気にならず。特に楽しかったのが、使い込みの冤罪を着せられたお父さんが地下鉄に飛び込んだのではないかと他の家族が疑うシーン。変に感傷的にならず、といって決して全てがギャグにもなっておらず、役者さんたちのそれぞれ個性的な動きもあってなかなか良く出来た場面となっていました。合わせて、これが「疑惑のメトロ」のダブルミーミングになっているんですよね。なるほどですね(笑)。
 あとは小道具の使い方でしょうか。取調室での人形、疑惑の水玉パンティ、首つりの紐、キムチサンドイッチ、目玉、刑事の手土産、ラストシーンのビビットなポットとコップ…実際に出てくるもの出てこないもの含めて、印象に残る小道具がたくさんありました。裏方的な視点から小道具が多い芝居はあまり好きではないのですが(苦笑)、これはなかなかに面白かったです。効果的な小道具はそれ自体が何かを語り、演技をしてくれる。そんな気もしました。
 残念だったのは、何が訴えたいのかがいまいち伝わってこなかったこと。日常のありがたさなのかなとも思いましたが、それをあまりにも言葉で語ってしまっているだけに、もし本当にそうだとすればあまりにもわざとらしさを感じます。若手の役者さん3名には演じられることへの喜びは感じられましたが、そういう主題の作品でもないし。作品にせよ、構成にせよ、演技にせよ、演出にせよ、なかなかよく出来たwell madeな作品でだったからこそ、逆に「自分たちは下手でもこれを訴えたいんだ!」という情熱のようなものが感じられなかったのかなと。最近、情熱ばかりの作品を見続けていたからかもしれませんが…。
 ホールの方が担当されたそうですが、今回の作品、音響・照明・舞台もかなりよい感じでした。とくに照明は、決して数が多くはないものの、なかなか効果的な使い方。ラストシーンの朝の光は特に綺麗で、僕は勝手にこの場面に「それぞれの朝」というサブタイトルをつけていました。役者さん一人ひとりがこの穏やかな朝から、それぞれどんな世界に旅立っていくのか。それはそれで楽しみなのです。(2012/2/11)

夢を信じて生きていけばいいさと
(劇団鹿殺し「青春漂流記」感想)

 劇団鹿殺し。名前は何度か聞いたことがあったのですが、実は初観劇。ABCホール、千秋楽、さすがの満員でした。
 会場に入るなり、流れていたのが徳永英明の「夢を信じて」。その後も、爆風スランプの「Runner」、たま「さよなら人類」、B.B.クイーンズ「おどるポンポコリン」、Wink「淋しい熱帯魚」、プリンセスプリンセス「世界でいちばん熱い夏」など。全て私の高校時代(1988-91)のヒット曲、修学旅行などでみんなで歌った、私にとってのまさに懐メロです。そして舞台には、よく見知った「モトコータウン」の文字と、店ごとの丸い看板と、コンクリートむき出しの大きな柱がドンドンドンと3つほど。これだけでもうすっかりテンションがあがってしまいました。
 1990年の日本。一世を風靡していたのは「モトコーファイブ」なる神戸は元町高架下商店街が生んだ子どもボーカル5人組。しかし、レコード大賞寸前で、リーダーの非行であえなく人気は失墜。そのリーダーは行方不明となり、残りの4人はモトコーでさえない大人として暮らす毎日。そんな中、22年ぶりにリーダーからの手紙がやって来て…というお話。実は劇団鹿殺し、2000年に神戸で旗揚げし、2005年に劇団全員で東京に引っ越してきて、かなり大変な思いをしながら今ようやくここまでたどり着くことができたこのことで、この作品自体が彼らの一種の履歴書なのかなとも。歌あり、ダンスあり、マネキンのまねあり、転換は鉄道が通る音で、紙吹雪は2度も降ってくるし、なかなか豪華な舞台。もちろん、それだけでなく、物語もかなり山あり谷ありで、あっという間の2時間でした。
 私は鹿殺し初観劇だったのですが、何度か見ている人には「大人しくなった」とか「いつもの強烈な感激がなかった」みたいな感想が結構あるみたいです。ですけど、初観劇の私にとっては笑いの中にもしみじみとしたものがあって、それがとってもよかったなと。そもそも、青春時代の漂流ってある意味恥ずかしい、どこかこそっと胸の奥を触られるような部分があるじゃないですか。それを紀伊国屋ホール・ABCホールという舞台の中で、感情なり表現なりを押さえぎみにしながらも、きっちりと表現しているのかなとも思ったのです。
 いよいよ2月も中旬。4月からの新年度を前に、新しい世界にチャレンジしている人、チャレンジしようとしている人の話を、いろんなところでちらほらと耳にします。中には「冷静に考えて、そりゃ合理的じゃなくない?」と言いたくなるような挑戦をしている人もいます。私ももうすぐ40歳、大人の視点で若者やら青春やらを笑うのは、ある意味簡単です。でも、全く夢を持たずに生きていくのもおそらく無理なんだろうなということも、少しずつ分かってきています。自分が、中年男性が向かうべき夢はどこにあるのか。人の一生とは常に漂流であり、常に青春なのかもしれません。(2012/2/13)

マニアック東京上京 宿泊編
 前回は交通編でしたが、今回は宿泊編です。
1泊目:学士会館(ホームページ
 東京にはいくつか古いホテルがあるのですが、そのうちの一つがこの学士会館、1928年(昭和3年)建造の建物です。2・26事件の際には司令部がおかれ、太平洋戦争中は高射機関銃の陣地となり、戦後はGHQに接収されていたとか。歴史の生き証人的な建物でもあります。先日見た映画「山本五十六」でもロケ地として使われていたとか。個人的には、東京霞ヶ関出向時代、宿舎が東池袋にあったことからこの真横を何回も深夜帰宅のタクシーで通っており、「何の建物かな−」と気になっていたということでも思い出深いのです。
2泊目:秋葉原ワシントンホテル クハネ1304(ホームページ
 やっちゃいましたねー。約300万円かかったNゲージのジオラマが一晩独り占めできるということで、一昨年の登場時にはかなり話題になったようです。もともとは「平日23,000円 土曜・休前日25,000円(サービス料・消費税・宿泊税込)」という凄い値段だったようなのですが、さすがに泊る人も少なくなって来たようで、今は特に平日はお求めやすい価格になっています。ということで、約20年ぶりにNゲージを引っ張り出して動作確認などをしていたのです。気が付けば楽天やヤフオクで追加で購入しちゃったりもして、もう宿泊代以上になりつつある…。宿泊前からなかなか恐ろしい部屋ですな。
 実は今回の宿泊、Facebookで「どこかおもしろい宿泊先はありませんか?」と聞き、関係者の方々から教えていただいたものです。他にも和風旅館や不思議な公共の宿など、いろいろな候補を上げていただきました。Facebookの威力を感じるとともに、東京の奥深さもまた感じているところなのです。(2012/2/15)

インフルエンザ型自宅警備員
 インフルエンザにかかってしまいました。子どもの頃かかった記憶がないので、おそらく初かと思います。(昔は今ほどにインフル、インフルとは言われていなかったので、単なる風邪として済まされていたものが実際はインフルエンザだったということはありそうですが。)私自身、あまり流行には敏感な方ではないのですが、今回ばかりは完全に流行に乗ってしまいました。
 こうなると、やっぱり実家暮らしというのは便利ですね。この4日間、自分の部屋と、歩いて数メートル先のトイレ以外には全く動いていませんが、食事の時間になったら食事を出してくれるし、飲みものだのなんだのも差し入れてくれるし、ありがたいことです。一人暮らしだとこうはいきませんからね。たとえある程度自分で動けたとしても、「もしここ行き倒れても、しばらく見つからないかも」という漠然とした不安もありますし…。両親健在のありがたみをつくづく感じました。
 と同時に、逆に言うと、あと生活で必要なのはお風呂ぐらいで、親さえいれば一生こういう生活を送ることも可能なんだなということも感じてしまったり。まさに引きこもり型ニート、自宅警備員の誕生です。ネットがあればなんとなく社会とも繋がっている気分になってしまうし、娯楽にも事欠かない。ニュースだって、社会で働いている人よりもずっと前に入手できてしまいます。5日以上も部屋に引きこもりで、特に最後の方はどんなに飽きるかと心配だったのですが、(前半は発熱との戦いだったのもありますが)まったく飽きません。職場や仕事のことを考えなければ、あと3日ぐらいは平気で引きこもり生活できそうです。
 ということで、インフルエンザ闘病体験に加え、現代引きこもり生活体験も大切にしながら、月曜からはぼちぼち日常モードを取り戻していきたいと考えています。関係の方々にはいろいろとご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。(2012/2/17)

我々は彼に何を求めているのだろうか、信楽焼の狸に。
(工藤俊作プロデュース プロジェクトKUTO-10「楽園!」感想)

 こまばアゴラ劇場での公演も終わったということで、10日(金)に見てきたお芝居の感想を。
 今回これを見に行ったのは、以前一人芝居フェスの際に今回の作者であるサリngROCKさんの作演出をされたものがあり、非常に興味を持ったためです。その時の感想に「歪んでいること自体があるべき世界のように見えてくる」「いかにも女性が書いたお芝居(いい意味で)」と書いているのですが、今回も全く同じ感想を持ちました。ただ、今回は演出家が別の方。その分煮詰まった感は減って、見た目あっさり、でも内容しっかりした作品になったのかなと思います。
 なかなか荒唐無稽なお話なので粗筋も書きにくいのですが、ごくごく簡単に言うと、不倫相手の上司に捨てられたOLと羽毛布団が売れないセールスマンが「楽園」を探し求める話です。こうかくと2人の間に感情の交流があって、そのうち恋愛感情が生まれて…とか考えられそうですが、実は全くそんなことはありません。怪しいおっちゃん「もっかい様」だの、新興宗教かぶれの気の弱い当たり屋の兄ちゃんだのがでてきて、ちゃんと掻きまわしてくれます。というよりも、このお話の登場人物、良くも悪くもみんな自己中心的で自意識過剰(気の弱いセールスマンですら)でしたね。まあ、人間はみんなそうなのかもしれません。そんな勝手な人々が、でもどこか一つの方向性(≒演出意図)に向かって動いて行く、勝手気ままでありながら統一感の撮れたお芝居。役者一人ひとりのレベルの高さ、作者の独創性・発想力、演出家の統率力、そしてそれを支えるスタッフの高い技術(とりわけ扉と映像の使い方は特筆すべき)と、実に質の高い演劇だったなあと思います。
 思うに楽園である条件は、「他者が全くいない」か「全てを他者に依存できる」か。前者は、劇中、突然登場する、一本の木と裸のOLだけがいる「ジオラマのような楽園」。後者は、出てくるものを飲み、出てくるものを食べていればよい「居酒屋楽苑」なのでしょう。でも、現時点での人間社会にはそんな場所なんてありません。ただ、絶対に楽園はないと信じ切ることもまた難しい。宗教観念の強くないこの現代日本で、楽園などないことを薄々分かりながら、でも、楽園を求めていかざるを得ないことの難しさ。舞台に何度も出てくる信楽焼のたぬきをみながら、そんなことも感じていたのです。(2012/2/19)

マニアック東京上京 グルメ編
 月曜日(20日)から仕事に復帰しています。インフルエンザ自体はもう治ったと言っていいかとおもうのですが、「5日間ほとんど動かなかった」ことによる体力の低下に悩まされています。ちょっとした階段や坂道が、普段感じていなかったほどにしんどい。よく老人が入院したことにより寝たきりになってしまうと聞きますが、こういうことなのだろうなと実感しています。
 ということで、まだ1週間弱あるものの、「マニアック東京上京」もマニアック度を若干減じて、のんびりした旅にする予定です。朝から演芸を見に行くとか、皇居庭園を巡るとかはやめて、マンガ喫茶でゆっくりとか、早めにホテルイン、ゆっくりチェックアウトにしようかなと。グルメも色々と考えてはいたのですが、様子を見ながらで適当にすることとしました。ただ、色々調べていて、絶対に行きたくなったお店がこちら。
土曜の夜か日曜の昼:鉄道ムードのカレー店 ナイアガラ(祐天寺)
 マニアな方には有名な鉄道グッズが壁一面に並べられた(というよりも店外まで進出している)カレー店です。ホームページがあるので見ていただいたら分かるかと思いますが、これだけのものを個人で作り上げてしまったというのはびっくりです。1963年創業ということで、ぼちぼち50年近い「老舗」。外観のみならず、伝統の製法で作られたカレーも相当美味しい&懐かしいと聞きます。
 実は私、昭和55年(1980年)、今は亡き祖母に連れられて、弟と一緒にこのナイヤガラを訪れているのです。ただ、当時はむしろ弟の方が鉄道マニアで、私はそれに付き合っていたという記憶も。その後、この祖母が病に倒れたことにより神戸・東京間を何度も(時には小5の私一人で)往復することになり、持っていた鉄道・航空知識が一気に倍増。後の旅マニア、鉄道マニアへとつながっていったのですから、不思議なものも感じます。そんなお店への32年ぶりの再訪。“駅長”の内藤さんや999のヘッドマークとの再会を心待ちにしているのです。(2012/2/21)

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今朝の吹奏楽 ハワード・ハンソン「 ディエス・ナタリス 」
(Twitterから)

 http://www.youtube.com/watch?v=JMMOqu2M83w
 ネットという検索手段がなかった昔、正しい意味が分からないまま、聞いたり吹いたりしていた曲が結構あります。今日の一曲もそんな曲。なんとなくイメージで、人の一生を表現しているような気がしていたのです。タイトルも人名なんだろうなと。
 外から見ると、何事もなく、平凡かつ自然に生きたように見える、一人の人生。だけどもその中には、楽しみの時も栄光の時も苦しみの時も孤独の時もあって。でも、年老いて全てを振り返ってみた時、それらが全てが輝いて見える。そんな思いのこめられた曲なのかなと。 br> さて、今日2月22日はニュージーランド、カンタベリー地震から1年。そして、1年経っても全く復興していないクライストチャーチ中心部のことは、日本のニュースでも取り上げられたようです。全く先の見えないその行く末。犠牲者のことを追悼するだけに終わらない、なにか苦いものも感じます。
 クライストチャーチが過去と同じ姿を取り戻すことは、もはや現実的に不可能でしょう。でも、あれだけ美しい町を作り上げた人々なら、また違ったかたちの新しい町を作り上げてくれるはず。そんな希望も持ちつつ、2月22日午前12時51分(日本時間8時51分)を迎えたいと思います。
 「 ディエス・ナタリス 」とは「誕生の日」。転じて、クリスマスの意。偉大な人の人生と復活に、街への想いを重ねつつ。(2012/2/22)
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マニアック東京上京 観劇編
 最後になりましたが、今回の上京、もともとの目的は「文学座演劇研究所卒業公演」でした。初めての文学座アトリエ、そして久しぶりの友人の演技。若干体調は不安なものの、大いに楽しみにしているのです。
日曜14:00〜:文学座付属演劇研究所本科51期夜間部卒業発表会
『シーンズ フロム ザ ビッグ ピクチュアー Scenes from the Big Picture』

 ピッコロ演劇学校・舞台技術学校というのは週2日・それぞれ夜2時間だけの学校であるにもかかわらずなかなか凄いところで、プロの俳優さんや舞台技術者を次々と輩出しており、私と一緒に学んだ人の中にもそっちの道を歩みつつある人が結構います。そんな中、「演劇界の東大」とも言われる「文学座付属演劇研究所」にも、今年はピッコロの卒業生が2名(昼間部に1名、夜間部に1名)入っていました。滅多にない機会ということもあり、卒業公演を見に行かせていただくことにしたのです。
 彼女の活躍も当然気にはなるのですが、実は作品自体にもかなり興味を持っています。「シーンズ フロム ザ ビッグ ピクチュアー」 は北アイルランド・ベルファストに住む市井の人々のお話のよう。行ったことがないのですが、ベルファストと言えばマスターキートンの世界。IRAの拠点でもあり、イギリスの影の部分でもあります。一昨年に演劇集団円がやり、かなり評価が高かったようです。このどちらかと言えば渋目で拡散的なお話を、若い俳優・女優たちがどう演じ切るのか。卒業公演の枠を超えた作品が生まれそうな期待もあるのです。ということで、作品として楽しんできたいと思っています。
 ちなみに、土曜日は、これまた初めての「ザ・スズナリ」に行ってくる予定。それもそれで楽しみ。
 それでは、マニアック東京上京、行ってきます! (2012/2/23)

12/25は東京上京のため、「2日に1回日記」はお休みです。次回は、(何事もなければ)12/27の予定。

平成の「アパッチ族」で切り開け!関西演劇界の未来
(兵庫県立ピッコロ劇団「劇場版 日本三文オペラ」感想)

 本来は上京の感想を書くべきなのかもしれませんが、とりあえずFacebookにアルバムだけ上げておいたので、まずは先週木曜日、初日を観に行った「劇場版日本三文オペラ」の感想から。
 この作品、ピッコロの友人の感想をいろいろと聞く機会があったのですが、かなり賛否両論だったのです。私の感想としては、いい意味でも悪い意味でも、明確な筋書きやドラマの盛り上がりはなく、ただ人々がそこで生活し、人生を過ごしていく姿を丁寧に描いていたなあと。それが賛否両論に繋がっている気がします。まず、そもそも物語としての一貫性が良く分からない部分があります。確かに機動隊が攻めてきたりするわけですが、それすらさほど劇的に描かれるわけではないし、その後も見えてこない。携帯電話のお兄ちゃん(フクスケ)を出すことによって、現代とのつながりや物語を作りだそうとしたいるものの、それも結果として蛇足だった気も。真田風雲録のような、分かりやすくカタルシス性のある作品でなかったのは事実です。更に、内藤さんの演出なので、一人ひとりを細かく丁寧に描いて行くんですよね。それがある意味、背景となるべき猥雑さや混乱を減じていた部分もあるのかなと。闇市・食事のシーンですら、明らかに統制された美しさがある。それが気になる(嘘として一気に冷めてしまう)人もあるのかなと。そんなことも感じました。
 個人的には、地から湧き出し天へと登って行こうとするパワーも感じさせる舞台装置、群像をやさしく美しく照らし出す照明、強い主張なしで世界を作り出す音響と、スタッフワークのレベルの高さに心を惹かれました。特に女性群像のシーンは、照明や舞台装置、音響が一体となって、生き抜くことの覚悟と凛々しさと美しさを見事に描き出していたような気がします。また、細かい小道具の使われ方やレベルの高さも印象的でした。もちろん俳優陣も皆頑張っていて、キムの女房役の今井佐知子さんの熱演や、目立たないもののきちりとした演技が光った妊婦役の森万紀さんなどが心に残りました。
 関西一円から役者を集めて、芸文センターの中ホールを使い、大規模なお芝居をするという企画も今回で3回目(真田→天保十二年→三文オペラ)。今年は満席になる回もあり、初日もほぼ満員で、だいぶ定着した感もあります。関西のさまざまな才能が年に一度、一堂に会し、素晴らしい演出家とホールとスタッフのもと素晴らしい作品を作り上げ、技術、人脈、金銭などさまざまなものを得て、またそれぞれの活動に生かしていく。これぞまさしく、県立劇団であるピッコロ劇団の使命とも言えます。行政施策としては3年というのは一つの区切りで、成果を振り返る時期。成果と問題点を洗い出し、改善すべきは改善したうえで、関西演劇界を先導する取り組みとして、今後とも続けていってほしいなあと思っているのです。(2012/2/27)

2月29日に生まれて(仮題)
  「2月29日生まれの人は4年に一度しか年をとらない」世界のお話。
 新入生ばかりの大学の教室。早く意中の子を捕まえようと女の子にちょっかいをかける男の子たち。まんざらでない、大学デビューを狙う女の子たち。でも、そんなクラスメイトの姿を冷めた目で見ている、妙に落ち着いた少女が一人。その少女は「2月29日生まれ」。見た目は18歳だが、大学に入るまでに既に70年近い歳月を過ごしてきた。両親とはとっくに生き別れ、兄弟姉妹も寝たきりになり、無邪気だった小学校の頃の友達はみな老後を迎えつつある。昔から何をやっても人よりも上手くなるのが遅く、あっという間に追い抜かれていく。みんな次々進級していくのに、自分だけは4年に1回しか上がれない。しかし、ある日、知識の量は明らかに4年かかれば4年分増えていっていることに気付く。年齢相応の理解力と、年齢不相応に貯まっていく知識の量。年を経る毎に、ますます周囲ととけ込むことが難しくなっていった。
 10代を過ぎたことから、周囲の老いや死去といった問題も次々に襲いかかる。少女の学費を生み出すため老齢になっても働き続け、過労のなか死んでいった父親。産んでしまったことを申し訳ないと泣いて謝りながら亡くなった母親。開き続ける年齢差の中で、最後まで分かり合えなかった兄弟姉妹。そして、こんな状況に耐えられずに自ら命を絶った2月29日生まれの友達。「人と繋がっても、それは目の前を流れる水のごとく通り過ぎていく。何のために生きていくんだろう」。そんなことを自問する青春の日々も、また4倍続いた。
 徐々に彼女の状況が分かってくる大学の友人たち。頑なな少女をなんとかして仲間に入れようとする。でも、その思いすら素直に受け取ることのできず、70年近くため込んだ知識と経験で論破してしまう日々。そんな中、ある日、策略をめぐらせて、海水浴に連れ出す仲間たち。ひとしきり遊んで、バーベキューして、美しい夕日を見て、花火をして。すっかり一緒になって楽しむ少女。今が楽しいという気持ちは本物。一緒の時を長く過ごすことのできない人生だからこそ、かけがえのない時間。もしかしたら、それを積み重ねる人生もあるのかもしれない。そして少女は新しい時を歩み出す。とそこに襲い来る新たな事態。そして明かされる出生の秘密…。
 …みたいなお話をだいぶ前から思いついているのですが、残念ながら私には物語を生み出す才能がなく、小説も、ラノベも、脚本も、マンガも、書けません。どなたか、この設定で何か作品を作ってもらえませんかねぇ(笑)。 (2012/2/29)

3月の「予定は未定」
 先月はインフルエンザでいろんな予定が結構変わってしまいました。今月はどうなるんでしょうか…。

【観劇予定:○予約済み △検討中】
○ピッコロ演劇学校・舞台技術学校合同卒業公演「ここが舞台だ!」「正義の果てに」ピッコロシアター
△演劇集団キャラメルボックス「トリツカレ男」サンケイホールブリーゼ
【その他】
・3/9 友人個展レセプション&パーティー(ごんだきょうこ似顔絵イラスト展 「「よしもと芸人」の顔・かお・カオ 2001〜2012」 新宿眼科画廊)
・3/10-11 友人公演お手伝い(第2回 懐中レーシング番外公演「こんな時代が悪いんっす!」 ピッコロシアター)
・3月下旬 異動内示(予定)

 今月、意外と予定が少ないのは、年度末と言うことでそこそこ仕事が忙しい&夜も飲み会が入りそうなため。あと、引っかかっているのは異動内示だなあ。今の職場も4年目、公務員の常識からすると4月からは新しい職場に替わりそうなのです。どこに住んでいるかも不明で、なかなか次の旅行予定も立てられず。ちょっと悩ましい1ヶ月になりそうです。(2012/3/1)

ここは「わが町」であり「わが星」であり
(文学座付属演劇研究所本科51期夜間部卒業発表会
『シーンズ フロム ザ ビッグ ピクチュアー Scenes from the Big Picture』感想)

 ピッコロ時代の友人が文学座の演劇研究所に入っており、滅多にない機会ということで見に行きました。会場の文学座アトリエは普通の民家のような趣のある建物。建築時期とは分からないのですが、そのうち重要文化財とかになりそうです。
 明示はされないものの、イギリス・北アイルランドのベルファストが舞台。ベルファストと言えば北アイルランド独立闘争を戦ったIRAの拠点であり、イギリスの影の部分。これも明示はされないものの、やはりその重苦しい空気感や閉そく感というのは劇中に漂います。ただ、人はそんな中でも生きていかなければならない。パブの女主人、社長秘書、不倫をする現場リーダー、麻薬密売人の女、若い元気な女の子、どっちつかずの男の子、偽装子供連れ去りの奥さん、仲の悪い兄弟、不思議な存在感のあるグロッサリー店店主、そしてそのおかみさん…。それぞれに不安と不満と「嘘」を抱えながらも生きている人とその人生を本科夜間部の若い俳優さんたちが精一杯描いていました。
 文学座とはいえ、まだ若い人が多いのもあって演技のレベルは人それぞれ。とはいえ、ちゃんとセリフのない場面でも演技ができているのはさすが。とくに背中で語るシーンが多く、それが感情表現になりつつ、姿としても美しく決まっているのは、素材の良さと役者としての鍛錬の成果を感じさせます。私の友人は麻薬密売人の女をやっていたのですが、やはり以前見たお芝居とは全然違うレベルでの演技をされていたように思えます。この1年間というのはすごい濃厚な時間だったのだなと。
 このお話、概して救いなく進行するのですが、実は意外なセリフがあります。若干おぼろげなのですが「人が語った言葉は永遠に消えることがなく、ごくわずかだけど宇宙空間へと伝播していく。そして、いつの日か昔語った言葉と今語った言葉が出会うときがある」と。ここで描かれているのは、暖かい「わが町」でも、誰かに見守られている「わが星」でもありません。こんな不安と不信と閉塞感の中でも、それでも生きていく、生きていけるということ自体に対する希望なのかもしれません。ベルファストという街を通じて、一見明るく見える現代日本を描いているようにも感じました。
 この作品を演じてくれた彼ら・彼女らがこれからどういう道を歩むのかは分かりません。でも、これからの日々の生活で放つ言葉と、あの時あの舞台で放ったセリフは、いつの日かどこかで必ず出会ってくれるはず。上演中、舞台を重苦しく覆うようにあった白い布が、ラストシーン、宇宙と流星群のごとく青く染められた時、そんな確たる希望を感じたのです。 (2012/3/3)

謙譲なき正義の墓標たち
(ピッコロ演劇学校研究科28期生卒業公演「正義の果てに」感想)

 先週末、ピッコロ演劇学校・舞台技術学校の合同卒業公演が行われました。自分が絡まないピッコロ卒公は2年ぶり。OBとして舞台を拝見して、いろいろと気付くことも多かったのです。まずは、研究科の感想から。
 1950年のニューヨーク警察21分署。そこで働く刑事たちや犯罪者たちの人間模様が舞台で描かれていきます。どのような事情のある犯罪者にも容赦なく罪を償わせようとする刑事・ジム。しかし、女医・シュナイダ―の堕胎罪を追及しているうちに、実は自分の妻メアリーの若かりし頃にその経験があることを知ってしまい…というお話。70年以上前のアメリカという異国のお話であり、多少今の日本とは異なった価値観や風習を持った人々ではあったものの、さすが研究科、それを見事に理解したうえで演じていました。
 特に良かったのは、自分に脚光を浴びていない時の「背景」として演技。今回のお芝居はエリアが次々と切り替わっていくタイプのもので、ある程度は美術や照明、音響の手助けも借りてはいるのですが、やはり役者自身がオンとオフを見事に演じ分けていました。中にはマイム的なお芝居があまりにも面白過ぎてそっちに目がいってしまったという感想もありましたが…。そういう点では、21分署にほぼずっと居続けるブロディ、リー、ギャラガ―の3名が非常に良いお芝居をされていたなあと。基盤がしっかりしているからこそ、そこに他の役者さんたちが事件を持ちこんで入っていくという形態が、見事に決まっていたように思えます。中間発表会とは明らかにレベルの違うお芝居を見せていただきました。
 ところでこの作品、もともとは「探偵物語」という題名なのだそうですがこれを「正義の果てに」という題で再構成。舞台に出てくる人々は、それぞれがそれぞれの正義を追及しています。もっとも明確なのは、犯罪者を罰することこそ正義と考えている刑事のジムでしょう。シュナイダ―はお金を儲けつつも女性たちの立場に立つことを正義と考えているでしょうし、メアリーは自分の過去を隠し通すことを正義としていたのかもしれません。完全に独りよがりな正義を持つファラガット、逆に他人に簡単に揺り動かされる正義を持つブリチェットも、また人間の正義の一つの様相です(これを一人の人物が演じ分けたのはある意味、演出面でも演技面でもおもしろかったなと)。自分勝手な正義を振り回すシャーリー、それに振り回されるルイス、正義と正義のぶつかり合いである戦争の被害者アーサーと、純粋だけど軽めの正義で動くスーザン。それを第三者的な立場で目でどこか冷やかに見ているモノガン主任警部と新聞記者のジョー。もちろん人は皆、自分のやっていることが正しい、自分こそが正義だと思って動いています。ただ、そこで「謙譲」というものがない限り、最後は正義と正義のぶつかり合いとなって、離婚だの暴力だの戦争だのになって、破滅的な終焉を迎える。最初と最後のムービングで出てきた十字架は、そんな人間の歴史と業に向けられた墓標であり祈りでもあるように思えたのです。
 アメリカの1950年というのは、第二次世界大戦を勝利した余韻も冷め、社会全体に不信感と不安感が覆い始めていた時期。この後、悪名高き赤狩り、マッカーシズムの嵐が吹き荒れ、アメリカの社会と文化は大いに後退します。今の日本もなんとなく不信感と不安感が覆い込め、一方的な正義やら紋切り型のキャッチフレーズやらが社会に受け入れられやすい時代。生活保護者、在日外国人、現業公務員、文化行政、大学関係者…。なんとなく特別な便宜を持っているように見える彼らに対して、狂信的な正義を振りかざす「特権狩り」的なものが吹き荒れたりはしないか。研究科の人々の素晴らしい演技に酔いしれながらも、舞台中央に襲いかかるように傾くビル街の舞台美術を見ながら、どこかそんな恐怖感も感じていたのです。 (2012/3/5)

演劇なんて大っ嫌いです。
(ピッコロ演劇学校本科29期生・舞台技術学校20期生卒業公演「ここが舞台だ!」感想1)

 私はつい「演劇なんて大っ嫌いだ!」と叫びたくなることがあります。一度リアルで友人にこうつぶやいたところ「毎週毎週、いろんな演劇を見に行っている人が何言ってるねん」と言われましたが…。演劇って、良くも悪くも全く合理的でない営みなのです。実際、今回の卒業公演は1時間半×2公演のたった約3時間。しかし、そこに至るまでにどれだけの穏やかな時間と貴重な労働力・精神力、多額の金銭が費やされたことでしょうか。そして、ここで演じられること自体も、実利的に見れば実にどうでもよいことなのです。観客席と舞台が峻別されていようとなかろうと、少女の夢がどんなにシュールであろうとかなろうと、電信柱傾いていようとなかろうと、卵が産まれていようとなかろうと、劇場に非常口があろうとなかろうと、95キロと97キロの砂袋を担いだ時の感じ方に大きな違いがあろうとなかろうと、正直、一般常識的にはどうだって良いのです。今回の本科作品は、こうした一見どうだってよい営みを延々と演じ続けます。一観客である私はそれにいらつくのです。旗を振りながら「位置につけー」と、まるで独裁者のごとく集団に対して指示を出す人。その指示のもとに黙々と動く人々。その閉塞感を打ち破るかのごとく、彼に向かって旗竿を力いっぱい突き付ける女。そしてそれすらも「台本の指示」で笑いに転じられてしまう事態。これらすべてに、演劇に対するやり場のない怒りを抱いてしまいます。
 ただ、こうも思います。あそこで演じている人々は誰かに命じられて、自分の個性を閉じ込めて一種の凝集体として動いているのかと。決してそんなことはないでしょう。もちろん台本には「こう動け」とか「こうしゃべれ」とかの指示があるのは間違いありません。でも、どう動くのか、どうしゃべるのかは、それが演出家の指示や旗を振るリーダーの命令によるものであったにせよ、やはり最終的には自分の内面からしか発出できないものなのです。それは、客席に座っていて呼びかけられた観客役の俳優も、トマト女や呼吸器の付いた人形も、横抱きにされた女も、ピッコロ箱に入れられた俳優も、一群の人々も、みな同じ。演出家の指示やら身体能力やら舞台空間やら台本やらという制約の中で、いかに自分の内面から出てきたものを表出するのか。その汗と涙、苦しみと葛藤、そして喜びと感動と達成感。あの舞台と客席上で繰り広げられた、その行為には全く嘘がありません。真実のものです。それが人々を、私を感動させる。そんな場に立ち会いたくて、私は今も演劇に携わり、演劇を見に行っているのかもしれません。
 思えば、誕生し、親に守られながら成長し、子を作り、子を育て、老いて死んでいく。人の人生というのもある意味単純で、一見無意味なものです。なぜ合理的であるべき現代の人類がこのようなことを繰り返しているのか。実際には、遺伝子にプログラミングされた「生存本能」や「生殖本能」のためで、私たちは遺伝子という台本のままに動いているのかもしれません。でも、同じ遺伝子を持っていたとしても、どう成長し、どう次世代につなぎ、どう死んでいくのかは、人ぞれぞれ千差万別。そして、その中で感じる喜びや感動や達成感、それを受け止めた人の喜びや感動というのは、それが遺伝子にプログラミングされていたとしても、決して嘘ではない。真実のものなのです。
 私は演劇が大嫌いで、大好きです。それは、演劇は人生という一見無駄な営みの縮図であり、その意義なり意味なりをどう考えるのかという問いをダイレクトに迫ってくるという恐さを、どこか直感的に感じ取っているからなのかもしれません。それに気づかせてくれた本科29期生と技術学校20期生が作り上げた作品「ここが舞台だ!」。演劇との関係を含め、改めていろいろと考えさせてくれる作品でした。(2012/3/7)

ピッコロシアター大ホール、演劇・舞台おもちゃ箱
(ピッコロ演劇学校本科29期生・舞台技術学校20期生卒業公演「ここが舞台だ!」感想2)

 前回は思いっきり主観的だったので、今回は普通の(?)感想を。
 今年の本科生、中間発表会を見た時に危惧したのは「非常に芝居になれた人が多い一方で、そうでない初心者の人も多く、一つにまとまっていけるのかなあ」ということでした。でもその心配は全く杞憂だったようです。上手い人が初めての人を上手に引っ張り上げ、さらに上手い人には更に大きな課題を与えられて、それに果敢に挑戦していました。ほぼ全員に集団としての演技と個人としての演技が与えられており、両方をこなすのはある意味大変なこと。でも、卒業公演だからこその、通常はあり得ないほど貴重な機会だったのかなとも思います。女01、少女、女03などは両日キャストとも納得の堂々の演技。さらに「一群の…」の人々も、感情が込めやすいというアドバンテージがあったとはいえ、やはり見ていて鬼気迫るものがありました。2日目は間近で見させていただいた(開演10分前ごろから始まっていた)観客たちの演技や少女の夢のダンスシーン、ミニピッコロシアターを挟んだ舞台監督さんと支配人さんと箱男、台本を巡る観客役の俳優たちの会話、ホールから一斉に降りてくる人々、警備員を中心としたマイム、そして女03の突然の行動…それぞれ関連性がなさそうで、すべてが舞台・演劇という世界に繋がっており、それを29期の一人ひとりが(どこまで自覚的であったのかは別にして)紡いでいって出来あがった作品が「ここが舞台だ!」だったのでしょう。
 そしてそれを支えた舞台美術。前回の中間発表会も深い作品への理解を感じさせられる舞台美術でしたが、今回も本当にそうでした。西洋演劇を象徴するオペラカーテン。小劇場演劇や新劇を象徴する黒幕。和物の代名詞でもある定式幕。そして、幕が開いてそこにあるのは、不条理劇・別役作品を象徴する電信柱。音楽座や劇団四季を思い起こさせるサーカス的装飾。装置に描かれ、小道具になっているギアは、4月1日からいよいよロングラン公演が始まる「ギア」をイメージしたのでしょうか(ちなみにメインキャストのお一人がマイム指導のいいむろなおき先生)。一転、素直に劇場を作ってしまったミニピッコロシアター。そして、後半部分を支える、一見無機質な大階段。これはギリシャやローマの円形劇場をイメージしたようにも見えます。あるいはピッコロ生の原点の一つでもある、甲山森林公園の野外ステージなのかもしれません。舞台とは何か、演劇とは何か。演劇と舞台の諸様相を、時代と空間を越えて見事に凝縮して提示した今年の舞台美術。まだまだ私の見方は甘い気もしますが、底知れない奥深さと楽しさを感じさせていただきました。
 客席などにまで当てなければならなかった照明チームや、独特の盛り上がりを演出した音響チームも、立派な仕事をきちんとこなしていたように思えます。舞台とは何か、演劇とは何か。いろんな手掛かりが散りばめられたピッコロシアター大ホールを、キャスト・スタッフ・観客が自由に想像力を働かせながら感じ、考え、捉えた、儚くも幸せな1時間半だったのです。(2012/3/9)

芝居をすること、できること。
 今日は朝から丸一日、友人劇団のお手伝いでした。11時半ごろまで打ち上げをやっており、日が変ってから戻ってきたところです。
 今回お手伝いした劇団さんはタレントのマネージメント業務も行ったりと割と本格的なところで、私レベルの知識・技能ではあまりお役に立てない部分も多々あったのですが、それでもこうして手伝わせていただくといろいろと学ぶべきことも多く、また俳優さんたちの雰囲気や会話も刺激的で、なかなか楽しいです。今回は「劇場サイドにいての客席誘導」だったので、お芝居自体もゲネ1回、本番2回を見ることができ、毎回毎回の雰囲気の違いも含めいろいろと感じることがありました。
 今回のお手伝いは、劇団関係の方を除くとみなピッコロの同級生でした。卒業後もこうしてピッコロの関係者と一緒にお仕事ができるというのも、楽しいことです。会場自体もピッコロシアターだったので、会館の方にも知り合いがたくさん。お手伝いとはいえ、こうやってホールに戻ってこれるというのはありがたく、また嬉しいことです。
 来年度以降、どこにいて、どういう状態なのかは、私にもわかりません。もしかしたら、演劇ではなくてもっと別のことをやっておいた方が、後々の人生のためにはよいのかもしれません。でも、いつ人生の終焉が襲ってきたとしても後悔のないよう、こうやって楽しい時を過ごすこと、過ごせることを、一日一日、大切にしていきたいなと思っているのです。
 そんな、いつもの、ちょっと違った日曜日でした。(2012/3/11)

軽やかにコメディを走り抜ける
(懐中レーシング番外公演「こんな時代が悪いんっす!」感想1)

 先週末お手伝いをした公演です。まずは作品の感想などから。
 今回のお話、2006年の旗上げ公演時にやった作品の再演だそうです。それから6年経ってからの再演。当時小学生だった女の子も高校生になり、今回は中学生役で出ています(ちょっとややこしい)。実は、劇団ホームページに当時の写真が載っており、いろいろと6年間の時の流れというものも感じます。
 基本的には、コンビニエンスストアを舞台に、強盗として入って来た気の弱い青年と、「人質」にされた店長・お客さんたちのドタバタコメディ。どこかほんわかとした空気感のもとにお話が進んでいくというのは、前回の「ようこそ! 雫本通り商店街へ!」に近いものがあります。ただ、前回作のようにしんみりさせるシーンは一切なく、多少しんみりしそうになってもそれすらコメディなのです。
 コメディ、喜劇というのはある意味悲劇よりも数倍難しいのですが、それを成立させているのは、やはり役者の高い技術。もともと芸能プロダクションから生まれた劇団ということもあり、客演の方を含め皆さん意識と技術が高く、自分に会った個性の表出方法をきちんと理解しているのです。そして、場面場面の切り替えが非常に適切。お芝居というのは一定のスピードで日常生活が流れる場面と、それが突然何らかの障害で断ち切られる場面とが交互にやって来て、その切り替えの妙が人を感動させたり笑わせたりするかと思うのですが、その切り替えがパシッと全員合うのです。小劇団的なねっとりとした人間関係でもなく、宝塚や四季的な上意下達の統制感でもなく、一人ひとりがプロフェッショナルとして与えられた仕事を確実にこなした結果としての一体感というのが、この劇団の最大の持ち味な気がします。
 個人的にちょっと残念だったのは、ラストのエピローグ的なシーンでしょうか。何度も暗転→ピン→暗転→ピンと繰り返しながら人物を見せていくシーンです。映像ならおそらく綺麗に見えるのですが、生の舞台だとどうしても限界があった気がするのです。ある程度ダンスやマイム的な動きをとりいれて、場面場面でストップをかけると言った趣向で人物を見せていった方が、躍動感もあり、役者さんをさらに際立たせることができた気も。で、一回だけ暗転をして、最後に決め照明であるキャッツアイをドーンと出したらと受けたかなと。そんなことも感じました。
 「わかりやすく、人情的」をコンセプトにした懐中レーシング。あえて震災の日に、震災とは全く関係のない演目を持ってきて、見た目軽やかに笑いの中で走り抜けてしまったところに、逆に彼ら彼女らの矜持と想いとを感じたりもしたのです。(2012/3/13)

お仕事、作業、いろいろ
(懐中レーシング番外公演「こんな時代が悪いんっす!」感想2)

 今回はお手伝い編です。
 実は、腰道具一式を持って設営から参加する舞台というのは約半年ぶりだったのですよね…。前回は世界一周旅行の前ですから、気分的にもかなり前という気がします。道具はきちんと整理して保管していたはずなのですが、釘がさびていたり、マジックの色が出なくなっていたり、ペンライトの電池がなかったり、尺付きメジャーが紛失していたりと、いろいろと問題がありました。現場に入ってからも、明らかに忘れていることが一杯ある…。もちろん毎日毎日の現場でもそれなりに忘れることや大変なことはあるのでしょうが、素人中年としては、半年に1度ではやはり大半が抜け落ちているのが現実です。もうちょっとやれる機会を増やしたい、増やさないとなと思った瞬間でした。
 今回は舞台監督がおらず、出演者の一人が舞台監督的な役割を担っていました。ただ、どうしても役者と兼任は無理があるんですよね。平台の歪みがいろいろであったため難しかった台組などは照明のNさんの全面的協力によってなんとか完成しましたし、時間設定などは演出家さんがメインでやっていましたがスケジュール管理という点では多少分かりにくい部分がありました。やはり舞台監督は必要だな、それもプロの照明さん・音響さんを使うのであれば、やはり舞台監督もプロじゃないときついなと思ったことが多々あったのです。と同時に、自分に「舞台監督」という肩書が付いていないのは、こんなにも楽なんだなということも改めて発見。肉体的には疲れましたが、精神的な疲れというかダメージが明らかに少なかったです。
 打ち上げでは、いつものピッコロメンバーメインの席でしたが、劇団の方ともお話を。前にも書いたとおり、彼ら・彼女らの多くは芸能プロダクションに所属し、いろいろとテレビ・ラジオなどのお仕事をこなすプロの俳優さん。テレビドラマ撮影現場のお話など、普段なかなか聞けない業界話をいろいろとお伺いしました。いろいろと「へぇ〜」と言いたくなることがあったのですが、いちばん納得したのが「役者で一番手の人はなかなか残れず、二番手・三番手の人が残っていく」というお話。テレビドラマなどで一番手(主役級)の人は、単に演技をするだけでなく、視聴率が取れたか取れなかったかというような作品全体の責任を負わされる。そのため、毎回毎回が勝負になってしまうのですが、人間である以上全ての勝負に勝つ訳はなく、「失敗してもう二度とできないお仕事」というのが増えていってしまうそうな。逆に、二番手・三番手にいる方が、そんなことを気にせずにいろんな仕事をまんべんなく受けることができ、最終的に長く芸能界で生き残るとのこと。なるほど、会社や劇団、公務員職場でも同じことが言えそうですなぁと。うちの職場にも「成績一番で入庁した子は大成しない」というジンクスがあるそうです…(^_^;)。
 と、いろんな事に触れられた今回の演劇公演お手伝い。決して何の得にもならないのだけれど、得るものが多いからこそ、ついついお手伝いしたくなってしまうんですよね。(2012/3/15)

軽やかなステップで駆け行く女性二人の物語
(KAKUTA番外公演「Turning Point【分岐点】」感想)

 半月ほど前に観に行っていたにも関わらず、他に書くことが一杯あって後回し後回しになっていましたので。
 久しぶりの上京にあたって、せっかくなので小劇場のメッカらしい下北沢でお芝居を見たいなあと思っていたのです。さすがに劇場もたくさんあり、いろんな演目があったのですが、その中で気になったのがこの作品。女性二人の15年間の物語だとか。私自身、年をとったのもあるのかもしれませんが、そういう「時間経過もの」が大好きなんですよね。会場が、小劇場の代名詞でもある「ザ・スズナリ」というのも高ポイントでした。
 援交で釣ってきた男からお金を盗むことを続けていた高校生の二人。そこから、時には別々に、時には絡み合って、二人の15年間が過ぎていきます。メインのお二人の女優さんはもとより、その他の俳優陣の押し付けがましくなくもすばらしい演技にもささえられ、嫌味やてらいなく、年月の経過が丁寧に描かれていた気も。そしてそれを支えるのが、殺風景ながらどこか温かみのある一室。アトリエだったり、無農薬自然食品の店舗であったり、果ては浮浪者や不法滞在のたまり場で会ったり。この場所で語り、この場所から去り、この場所に戻り、そしてこの場所から旅立つ。時に光や緑の差し込む窓や、伏線的に使われる小道具も含め、一見無造作に見えながらかなり考えられた舞台装置であったと思います。
 色々な女性の方と話していて思うのですが、社会の矛盾は女性に集中的に表れてしまうなあと。確かに男女問わずみんなが自分らしい自由な生き方を選択でき、男女差別も(表面的には)減少し、本当にいい時代になった。素直にそう思います。しかし、昔に比べて、みんなが幸せになったのかというとそうは思えない。専業主婦は自分で稼ぐキャリアウーマンをうらやましく思い、キャリアウーマンは何もせずに食べさせてもらっているようにみえる専業主婦をねたむ。子育てが大変な女性は気楽そうな独身女性や子供のいない主婦をねたみ、独身女性らは子育てを口実にさまざまな義務をのがれているように見える子育て中の女性をねたむ。決して幸せな状況とは言えません。そして、晩婚化や少子化のつけは、難産や不妊、そして最近増えている子宮内膜症や子宮筋腫と言った形で、ほぼ女性にだけ回って来ているのです。
 今回の登場人物の二人の女性もそれぞれに様々な矛盾を抱え、社会のつけを払わされています。劇の最後に二人が真に分かり合えたとも思いません。ただ、その状況は、決して絶望でも諦観でもない。むしろ、その現実世界の厳しさや虚しさを、若い女性たちは自らの足で軽やかなステップで乗り越えようとしている。そんな事実が、ザ・スズナリの舞台に、爽やかな劇後感を残していたのでした。(2012/3/17)

「世界中に存する善きものすべてに」
(空の驛舎第15回公演「追伸」感想)

 「死」を真正面から捉えた物語。正直なところ、あまりのも見事な劇評というか解説というかがあるので、個人的な感想でまとめます。(覚え書きまでに書いておくと、スタッフワークはみな高レベルで、とりわけ音響さんが実にGood Job。人間関係の見えやすい1話、謎解き的な3話に比べると、2話は二組の話が並行して進む上に若干長く観念的で分かりづらかった印象も。役者さんはどなたもとてもいい演技。特に1話の出口弥生さんの丁寧な感情表現の演技と、3話のイトウエリさんの相変わらずの不思議少女ぶりは印象的。)
 このお芝居を見た後に、ピッコロの友人といろいろとおしゃべりをし、その後、ひさしぶりに関係者のブログだのホームページだのをたどっていたのですが、ピッコロ関係者は皆さんそれぞれに、実に多様な人生を歩んでいるようです。演劇や舞台技術の世界でプロになった人もいれば、上京してプロを目指す人も、目指したけどダメだった人もいる。趣味としてやっている人の中にも、劇団に所属する人もいれば、どうしようか迷っている人もいる。そしてプライベートでは、恋愛したり、結婚したり、離婚したり、死別したり。仕事を続けるか迷ったり、実際に転職したり、何もできなかったり。一見元気そうに見えていても、実は薬に頼らざるを得ない生活だったり。3年前の入学式の時には想像できなかったほどいろんな(ある意味過酷と言ってもいいような)人生が僕らの前には広がっていました。これは、演劇に携っているからというわけだけではないのでしょう。「普通の人生」なんてどこにもない、幻想です。
 で、今回のお芝居に出てきた人々の想いだの、知り合いの人のさまざまな人生だのが一気に押し寄せてきて、正直、その日の晩と翌日は心穏やかでありませんでした。実際に世の中には様々な思いがあって、今この瞬間に死に行く人々も、あるいは生まれてくる生命も、嘆き悲しむ人々も、喜びに満ちた人々もいるわけです。こういう世界を一人の人間としてどうとらえればよいのか。もし、そんな全ての思いを受け止めてくださる全知全能の神がいたとすれば、それはよほど冷酷に切り替え可能か並列処理が可能なスーパーコンピューターではないかと思います(笑)。
 劇中では死が描かれています。人間は「死亡率100%」なわけですから、死自体は普通に予定されていること、それ自体は悲劇でもなんでもないのかもしれません。ですが、それを周囲の人々がどう受け取るかによって、死は悲劇にもなれば喜劇にもなれば教訓にもなれば警鐘にもなる。結局は受け取り手の問題なのだろうなと。世の中にあふれる生も死も、楽しいことも悲しいことも、嬉しいことも残念なことも、どれもが大切で「世界中に存する善きもの」なんだけど、人間である以上、残念ながら全てを知ることも得ることも感じることもできない。それらをいかに取捨選択しながら、よりよく生きていくのか。いわゆる「情報リテラシー」というのとはまたちょっと違ったリテラシーが、個人個人に求められる時代になってきたのかなとも思ったのです。(2012/3/19)

皮肉屋さん的キャラメル感想
(演劇集団キャラメルボックス「トリツカレ男」感想)

 単純で分かり易くてハートウォーミングなお芝居に多少飢えておりましたので、行ってきましたキャラメルボックス。大阪初日でした。
 評判の良かった作品に、星野真理さん・金子貴俊さんという芸能人2人を入れての再演。ダンスあり、解説風の状況説明セリフあり、ムービングライトあり、筋書きも分かりやすいボーイ・ミーツ・ガール。そして、乗り越えるべき存在(今回はタタン先生)自体が、主人公が乗り越えるのを手助け。良くも悪くも実にキャラメルボックスらしい、ザ・キャラメルボックスとでも言うべき舞台でした。
 星野さんは2階からは多少聞こえにくいセリフがあったものの、かわいらしい細かい演技は空気感として伝わってきます。実際、他の女優さんと並ぶとかなり小さくみえるのですが、ホームページによると身長は156cmで、日本人女性の平均レベル。ということは、やはり舞台俳優は身長のある方が多いのかもしれませんね。そして、キャラメル的な動きを完全に身に付けた金子さん。私は彼のことを詳しくは知らないのですが、非常に生き生きと、楽しそうに演じておられるのがひしひしと伝わってきました。あれはあれで、劇団員では出せない味なんだろうなと。そういう意味で、客演には客演の良さがあるなと感じたのです。
 でも、いろんなものに取りつかれてしまうジュゼッペ、ある意味自分にも似ているのかなと。まあ、私の場合はそこまで特定のものだけに没頭はしないのですが、次々にいろんな世界に興味・関心が移っていってしまうのは似ている気も。もちろん、以前の興味関心は確実に自分の中に残っているので、例えばジュゼッペがペチカとロシア語で会話する時に語学への取りつかれが役立ったように、全く無意味ではありません。でも、その途中経過に付き合わされる人にはたまったもんでないわけで、これまではお母さんと妹だけが被害者だったのが、今後はペチカも否応なしに巻き込まれてしまうのかなとか。(ある意味、イザベラも「被害者」ですよね。そのお話が最後まで描かれないのはちょっと不満。)
 ラストシーン、無事、ペチカと2人でパン屋を開業し、美味しいパンづくりに取りつかれてしまっているジュゼッペ。でも、その時に彼はちゃんとかわいいペチカにもとりつかれているのかな?そして、仕事とも家庭とも全く関係ないことにとりつかれてしまったとき、ペチカはどうするのかな?「結婚は忍耐なんていいますが、人生こそ忍耐なのかもしれません。」とか言わせたりしてません?まあ、そんな皮肉屋的な気分になることすらも楽しい、爽やかで甘口なお芝居を堪能させていただいたのでした。(2012/3/21)

いちご酒20年もの
 最近は大学の新歓などもとても厳しくなっているようですが、私が大学生のころは大学生になった=お酒・たばこ解禁ということで、18歳、19歳でもどんどん飲んで、どんどん吸ってというのが普通でした。先日、岡田総理が「18歳からずっと喫煙してきた」と答弁して問題になったりしましたが、まあ、当時は社会も大学もそんなこと問題とすら思っていなかっただろうと思います。(まあ、それを国会という公の場でどう言うかはまた別の話ですが。)
 さて、吹奏楽団を休団していて何かと暇だった大学2年生の春。学生宿舎の共用棟にある吉池という売店で、なぜか大量のイチゴが売り出されたのです。イチゴというとクリスマスのイメージなのですが、実際の旬は春。とはいえ、宿舎に入っている大学生は普通、優雅に果物を楽しんだりはしない訳で、案の定、大量に売れ残っていました。最後はまるで投げ売り状態。確か1パック100円以下だったので、「それなら」と大量に買い込んで、梅酒ならぬいちご酒を作りました。ほぼ同時期に作った梅酒はなかなかに美味しく出来、どんどん消費されて亡くなってしまったのですが、このいちご酒はなかなかホワイトリカーの固さが抜けず、ほったらかしになっていたのです。
 しばらくほっておいたのですが、捨てるのも忍びなく、花畑のアパートにも持っていくことに。で、それから数年後、たまたま飲んでみると、これがなかなかに薫り高く、アルコールの固さも抜けて、美味しくなっていました。氷で薄めてほぼ飲みきってしまったのですが、戯れにほんのちょっとだけ残しておいたのです。それが20年後の今もなお残っています。思い出という意味で貴重なので、飲むときはこれ専用になっているぐい飲みに、ほんのちょっとだけ、ちびちびと。何か嫌なことや気になることがあった時などに、未だに残るいちごの甘み、香りと、ちょっとしたほろ苦さ、そして過ぎ去った日々を楽しみつつ。
 ちなみに、この「花のかおりのワイン」の瓶はある女の子と夜通し語り合った時に飲んだもの。瓶があまりにもかわいかったので捨てずにとっておいたのを活用しています。ただ、そろそろキャップが厳しそうですし、何かこれを入れるいいものはないかなと。明日の午後はヒマなので、ちょっと三宮で探してみてもいいかもしれません。(2012/3/23)

作品と演技の先にあるもの
(四方香菜ONE-MAN SHOW「STAND UP ALONE」感想)

 実は四方さん、つい数日前まで名前も知らず、特段の興味もなかったのです。ツイッターでLINXS主催の方が絶賛しているなあと見ていた程度だったのですが、3月13日の彼女のツイートからはじまった「やめないで祭り」に興味を持ち、そこから色々と調べていくとなかなかおもしろそうだということで、結局観に行くことになってしまいました。そういう意味ではいい宣伝ではありました(笑)。
 四条烏丸から地下鉄に乗り換え、松ヶ崎という何にもない駅で降りて、ひたすら15分程度歩いて「人間座スタジオ」に到着。当然初めての劇場。周囲は完全に住宅地(どちらかといえば、高級住宅街?)。こんな場所に劇場があるということも、京都という町の奥深さを感じさせられます。観客は30人程度?どこかの舞台に出演だの演出だのプロデュースだので見たことのある方も多く、ちょっと場違い感を感じつつも、まあ、いつものことでもあるので悠然と2列目中央で見させていただきました。
 京都公演は「案内者」編と「放課後会」編。全体的な完成度から言うと先に見た「放課後会」編の方が上でした。高校→大学という時の経過の描き方もとても丁寧だし、一人ひとりの性格付けも明確だし、話の流れもすっと腑に落ちる。最後の前向きな終わり方も、爽やかな劇後感を残すし。でも、「案内者編」のどこか不思議な世界観も捨てがたいものがあったんですよね。今回の公演、そして1年近くに渡ったSTAND UP ALONEの最後に彼女がこの作品を持ってきているというのは、やはりそれなりの意味なり意義なり重いなりがあったんだろうなと。
 案内者というのは、直接的には怪しい幸運への案内者・ネーロを示しています。ただ、見ていて感じたのは、彼女の作品、彼女の演技、全てのキャラクターが、その作品世界と想いとを私たち観客届ける「案内者」だったのかなと。確かにその場にいてしゃべっているのは彼女一人だし、やりとりは舞台上で孤独に行われていけれど、見えない第三者や観客に対して何かを伝えたいという思いも空気として伝わってきたのです。その何かは、生きていくことの楽しさとか、自分の信じたことをできる喜びとか、あるいは物事の捉え方によって世界は変るということとか、大切だけどまあ平凡なことかもしれません。ただ、この場合は伝えられる内容に意味があるんじゃなくて、伝えようとしていること行為自体に意味があるのかなと。軽妙なギャグに笑ったり、かわいい姿にほほ笑んだり、真面目な芝居に引き込まれたりしながらも、そんなことも感じていました。
 舞台中央に置かれた、古ぼけた箱馬の上にあった、小さいけれど存在感のあるラジカセ。ラジオDJでもある彼女を象徴する、まさに「伝えるもの」。これが舞台上にまた戻って来た時、次はなにを伝えてくれるのか。どんな奇跡を起こしてくれるのか。ゆっくりとお芝居と楽しんでいる自分には、そんな時の経過もまた、楽しみなのです。(2012/3/25)

楽して生きる時代へ。
 本の感想はあまり書かないようにしているのですが、ちょっと興味深かったので。
 最近読んだのが「無料ビジネスの時代(吉本佳生著・ちくま新書)」。いわゆるマックの「コーヒー無料」や「ケータイ0円」、SNSやネットゲームの「とりあえずは無料」などについて解説しています。なかなか面白い視点で、さらに文章が軽めなのでさくっと読めて良いのですが、その中で若干異彩を放っているのが第8章の終盤。ここで著者は「商品の価値と価格の乖離が目立ってきた以上、労働の価値(その人の経済的価値)と労働の価格(賃金、年収)も乖離しやすい」と指摘し、「勤勉な企業人よりも宵越しのカネを持たない遊び上手な人が尊敬されるような価値観の再構築ができない限り、デフレ脱却は難しい」と論じているのです。 また、「本音では『楽な仕事をして豊かな暮らしができるならそれが一番いい』と思いながらも、日本ではそれを隠している人が主流派」とも述べています。実はこの部分、本書の中でもかなり異質なのですが、ある意味、著者の最も語りたかった本音なのだろうなと。
 昔むかし、多変量解析の調査結果を必死で手計算やって心理学の博士号を取った人がいるそうです。確かに彼の努力はすごいし、それがその時点で何らかの形で心理学界に貢献したからこそ、博士号を取れたのでしょう。しかし、今や多変量解析は大学学部生の個人持ちパソコンでも十分できてしまいます。そういう意味では手計算でやりきるという努力は、今や何の意味もありません。もはや努力や勤勉性がイコール賞賛される時代ではないのだろうなと。むしろ、「苦行でもある仕事でいかに楽をし、時間を作り出したのか。そして、それを使っていかにプライベートを充実させたのか」が人間の価値を決める時代が、もうそこまで来ているような気がするのです。
 そういう意味では、仕事ではなく趣味として、仕事の都合を上手くつけながら演劇に打ち込んでいる人々というのは、実は来るべき、そして望むべき新時代人なのかもしれません。そんなことも頭の片隅で考えつつ、また4月以降も工夫して、何らかの形で演劇に関わっていきたいと思っています。(2012/3/27)

東北から帰ってきました
 1泊2日で宮城県の沿岸部に行ってきました。
 突然決めた、若干、逃避行的要素のある旅行。準備不足は否めませんが、それでも仙台空港・塩釜・女川・石巻・松島・志津川(南三陸)と見てくることができました。決して交通至便とはいえない地域での公共交通機関利用の旅としては、これが限界かなとも思います。
 実際に現地に立って感じることはたくさんあったのですが、何かを論じるにはもう少し心と論理の整理のための熟成期間が必要かなとも思います。今回はカメラも持っていきませんでしたし、ツイートも携帯写真もあえて食に関するものだけにしました。ちなみに、若干不謹慎かもしれませんが、現地の魚のおいしさと安さは特筆すべきものがあります。そういう意味でもまた行きたいなと思っているのです。
 テレビや新聞を通じてしか見聞きしていない現実に触れ、実際にいろんな事を考える機会というのはやはり貴重なのだろうと思います。それと同時に、日常というものの偉大さと残酷さにもちょっと触れた気がしています。そんな旅でした。(2012/3/29)

はじまりのおわり おわりのはじまり
 3月31日は年度末。今年は土曜日なので多少雰囲気は違うものの、退職や転勤、異動のお話などもちらほらと聞こえてきて、そんな時期だなあと実感させられます。
 私自身も4月からは新職場。場所は変らないのですが、仕事の内容は大きく変わってしまいます。まあ、今度の仕事の方がいかにも県の公務員らしい仕事ではあるのですが、さすがに40になってここまで仕事が変ってしまうとなると、なかなか公務員というのも大変だなあと。というか、その大変さが、本当に住民のために必要なことであればいいのになあ(それは能力開発のためでも不正防止のためでも良いのですが)とも思います。
 しかし、この4年間、仕事はさておきプライベートでは実に楽しくやらせていただきました。舞台技術学校に2年も通い、世界一周旅行をするなど、まともな社会人としてはまず無理だと思っていましたから。でも、思ったよりは仕事にも周囲にも影響を与えずこなせたかなと。そういう意味では、明らかな自己都合で休むことに対する周囲の目とか、いつの間にか出来あがった職場慣習とか、申し訳ないという自分自身の思いこみ的なものを打破すれば、日本もまだまだ面白い、余暇による自己実現に溢れた国になる余地が残っているのでしょう。事実、そうでもして生産世代の社会人が二重にも三重にも人生を楽しんでいかないと、人口減少社会の中で社会の活力は失われる一方なのかもしれません。生計を立てるファーストライフのほかに、家族や家庭で楽しむセカンドライフや、個人の趣味に走るサードライフなど、一人ひとりがいろんな人生を一度に豊かに生きることができる国。それこそが、次の時代を切り開く道かなとも思うのです。
 まあ、まだまだそれをしてしまうと今の日本では評価が思いっきり下がってしまうということもまた事実なのかなとも。とはいえ、気が付いてしまった以上、もうあえて今のライフスタイルを変える気も必要もありません。この4年間は演劇活動や海外旅行を含めたライフスタイルの大転換という「はじまりのおわり」だったのか、職場のヒエラルキーや社会常識からどんどん取り残されていくという「おわりのはじまり」だったのかはわからないけど、とにかく貴重な時間であったことだけは間違いありません。次の職場での数年間、この4年間ほどの大転換にはならないとは思いますが、それはそれとして有意義なものにしていきたいと思っています。
 この4年間、職場と趣味の世界で様々な人々に出会えたことの重みを感じつつ。公務員のおおみそか、3月31日は過ぎていったのでした。(2012/3/31)



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