いそべさとしのホームページ
66 釜山&光州ビエンナーレ 2026.9.10-13
その3 9/12 光州ビエンナーレ メイン会場・台湾パビリオン
パレス観光ホテル‐(タクシー)-ビエンナーレ展示館-(公式シャトルバス)-ACC-(徒歩)-ホテル-(徒歩)-ACC・台湾パビリオン-(タクシー)-オリタン-(バス)-パレス観光ホテル
光州ビエンナーレ。実は2回目。今回は比較的作家数は少なく、でも濃度は濃かった印象。
(※旅行当時のFacebookアルバム投稿を2026.10再構成)
ゴールディン+セネビー《Resin Pond(松脂の池)》
松脂という、松が自分を守るために出している物質を、あえて展示室の床一面にぶちまけるように広げている。まるで展示室そのものを占拠してしまったかのような、圧倒的な存在感。ところが、光を受けた松脂は琥珀色に輝き、それ自体がとても美しい。 「守るためのもの」が、別の側面では資源として利用される。その矛盾まで含めて、第1展示室「Molecules and Me」を象徴する作品。
松脂という、松が自分を守るために出している物質を、あえて展示室の床一面にぶちまけるように広げている。まるで展示室そのものを占拠してしまったかのような、圧倒的な存在感。ところが、光を受けた松脂は琥珀色に輝き、それ自体がとても美しい。 「守るためのもの」が、別の側面では資源として利用される。その矛盾まで含めて、第1展示室「Molecules and Me」を象徴する作品。
マヤ・ワタナベ(Maya Watanabe)《Liminal(リミナル)》
虐殺による集団墓地の光景をくっきりではなく曖昧に見せて行く。時間の経過によるのか、服であったであろう生地の繊維がほぐれていて、非常に鮮やか。人間そのものは見えなくなっているのに、人間が生きていた痕跡だけが、かえって鮮明に見える。
虐殺による集団墓地の光景をくっきりではなく曖昧に見せて行く。時間の経過によるのか、服であったであろう生地の繊維がほぐれていて、非常に鮮やか。人間そのものは見えなくなっているのに、人間が生きていた痕跡だけが、かえって鮮明に見える。
ゴルディン+セネビー(Goldin+Senneby)《Lego Pedometer Cheating Machines》
歩数でカウントするポイ活に使えそう。健康を示すためだった指標が、指標自体を得ることが目的になっている現代社会を、レゴを使って楽しく批評。
歩数でカウントするポイ活に使えそう。健康を示すためだった指標が、指標自体を得ることが目的になっている現代社会を、レゴを使って楽しく批評。
アーティスト・コレクティブ CAMP(キャンプ) 《Bombay Tilts Down》
監視カメラってこんなに制裁に世の中を眺められるんだなあという素直な驚き。そして、それだけじゃ肌身の感覚は分かんないんじゃないかなあという一種の疎外感。逆に引きの広々とした街並みの方がよっぽど肌身の感覚を感じたのはなぜでしょうか。
監視カメラってこんなに制裁に世の中を眺められるんだなあという素直な驚き。そして、それだけじゃ肌身の感覚は分かんないんじゃないかなあという一種の疎外感。逆に引きの広々とした街並みの方がよっぽど肌身の感覚を感じたのはなぜでしょうか。
クォン・ビョンジュン(Kwon Byungjun)&パク・チャンギョン(Park Chan-kyong)《Bullim (Augmentation)》
市民から集められた金属を溶かして新しい楽器へと作り変えたインスタレーション。市民からの集めた素材が、地域の人々の記憶や参加を担っていく。
市民から集められた金属を溶かして新しい楽器へと作り変えたインスタレーション。市民からの集めた素材が、地域の人々の記憶や参加を担っていく。
ジャクリーン・キヨミ・ゴーク(Jacqueline Kiyomi Gork)《Not Exactly BPM (Variation Rose)》
かなり強いリズムの音楽により膨らんだりしぼんだり。でもその中身はあくまでも空気。空気ってなにもないように見えるけど、逆に空気がないと生きることもできないわけで。そんな展覧会のエピローグ。
かなり強いリズムの音楽により膨らんだりしぼんだり。でもその中身はあくまでも空気。空気ってなにもないように見えるけど、逆に空気がないと生きることもできないわけで。そんな展覧会のエピローグ。
鄭先喻(CHENG Hsien-Yu)《光跡(Traced)》
AIの画像解析によって、暗く広い空間のどこにいても追跡される。なかなかありそうでない体験だが、考えてみれば、日常生活でも追跡されているのに気づいていないだけなのかもしれない。普段は目に見えない監視の視線を身体で実感させる、監視社会を思い起こさせる作品。
AIの画像解析によって、暗く広い空間のどこにいても追跡される。なかなかありそうでない体験だが、考えてみれば、日常生活でも追跡されているのに気づいていないだけなのかもしれない。普段は目に見えない監視の視線を身体で実感させる、監視社会を思い起こさせる作品。
















