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ポーランド:花束とアイスクリームの国へようこそ!
2日目(9月19日)「隣の隣の国は日本」

ルート

ホテル◎朝食付き―(地下鉄)―★サスキ公園・★無名戦士の墓―国立オペラ劇場でチケット購入―ワルシャワ旧市街(★聖ヤン大聖堂、★バルバカン、★新市街広場、★キューリー夫人博物館、★ワルシャワ歴史博物館、◎ピエロギ、★旧王宮、★展望塔)―クラクフ郊外通り(△聖アンナ教会、△大統領官邸、△ワルシャワ大学、△美術アカデミー(チャプスキ宮殿)、★聖十字架教会)―(トラム)―ホテル―(地下鉄)―★国立オペラ劇場(サンクトペテルブルグ・バレエ・シアター)―(地下鉄)―ホテル(ポロニア・パレスホテル泊)

※凡例: ★入場・体験観光 △外観観光 ◎食事

写真など

ポロニアパレスホテルの朝 グラウンドフロアのロビー ホテル前から見た文化科学宮殿
ポーランドはじめての朝は、見事なまでの快晴!さっそく、朝食前に簡単に周辺を散歩。さほど寒くもなく、暑くもなく、非常に観光しやすい気候。 第2次世界大戦で唯一破壊されなかった由緒あるホテル。しかし、2004年に全面改装されたそうで、内部はピカピカで気持ちが良い。朝食も豪華でおいしい。 ホテルの目の前にはワルシャワのランドマーク・文化科学宮殿。交通の要所にあり、どこに行くにも非常に便利。スタッフもフレンドリーでお薦めのホテルである。
地下鉄Centrum駅 Centrum駅構内図 地下鉄
ホテルから歩いて数分のところにある地下鉄Centrum駅。入口の横に切符自動販売機が数台置いてあり、英語表記にもできる。1日券も買える。 Centrum駅、日本風に言うと「中央駅」。海外まで攻めていく気にはなれないが…。ホームの上の階には店が取り囲んでおり、北大阪急行千里中央駅とそっくり。 地下鉄の列車接近状況の表示はなんと10秒単位で、結構ぴったりにやってくる。国民性だろうか。車両はアルストムで、残念ながらメイドイン兵庫ではなかった。
サスキ公園 無名戦士の墓 国立オペラ劇場裏のすし屋
ポーランドの中心部にあるサスキ公園。さながら、ポーランドの日比谷公園か。日曜日の朝、のんびりした雰囲気のなかのんびりとお散歩。心豊かな時間。 無名戦士の墓というのは世界各地にあるが、日本にはないのだろうか。死の代償として国家が一生守ってくれるということなのか。いろいろと考えさせられる。 国立オペラ劇場の裏にあったお寿司屋さん。さしみ弁当65ズロチ、寿司弁当50ズロチはともかく、ブルコギ弁当50ズロチとはいかがなものか。
旧市街入口 旧市街市場広場1 旧市街市場広場2
国立オペラ劇場で当日夜のバレエのチケットを購入した後、世界遺産のワルシャワ旧市街へ。突然広がる中世の町に心躍る。かなり衝撃的な出会いだった。 ワルシャワ旧市街は第2次世界大戦におけるワルシャワ市街戦で徹底的に破壊。しかし、戦後、ワルシャワ市民が壁のひび一つまで完璧に再現したのは有名な話。 この市場広場にあるワルシャワ歴史博物館は必見。入口は非常に狭いが、中は異常に広く、非常に見ごたえがある。正直、いつまでたっても終わらない。
バルバカン キューリー夫人博物館 旧王宮中庭で軍事博物館の宣伝
旧市街と新市街の境にあるバルバカン。これも戦後復元されたもの。そのため、新しく作った印象が相当強く、不謹慎ながら、USJやTDLを思い出してしまう…。 ポーランドが生んだ名科学者キューリー夫人の生家。ちなみに、ポーランドといえばコペルニクスも有名であり、突き詰める素地がある民族なのかもしれない。 王宮の中庭ではなぜか、戦車や大砲の実演(といっても音だけ)が行われていた。軍事博物館の宣伝のよう。日本で同じことをやったら問題になりそう。
旧王宮内部1 旧王宮内部2 旧王宮内部3
旧王宮も第二次世界大戦で破壊されたが、主要な調度品は海外に運び出されていたため復元できたとのこと。ちなみに復元できたのは1988年とのこと。 ということで、非常に新しい王宮であり、わざとらしいといえばわざとらしいし、今でも王様が住んでいるような気がするといえばする。現役の建物を見ている感覚。 ちなみに、なぜか入場料は5ズロチ。ガイドブックでは12ズロチだが。チケット検査でもお咎めなく、良かった様子。写真撮影も最後までいいか悪いかわからなかった。
結婚式 展望スペースから見たヴィスワ川 ワルシャワ蜂起記念碑
この日は日取りがよかったのか、あるいはポーランドは若者比率が高いからなのか、至る教会で結婚式が行われていた。中には平服の参列者もいたがなぜ? 「地球の歩き方」には載っていないが、旧市街広場の東側にヴィスワ川を望む小さな展望スペースがあり、多くの欧米人観光客が休んでいた。私もここで小休止。 1989年、あの東欧激動の年に建てられた「ワルシャワ蜂起記念碑」。当時の苦労と1989年の苦労とがオーバーラップする。空は青く、風はさわやかだが。
ピエロギ&タスキービール 旧王宮の外観 聖アン教会
実はこのあたりで歯が痛くなってきており、すこしは食べやすいかなということでピエロギを賞味。が、ソースの肉が固く、さらに厳しい状態に…。量も多すぎ…。 旧市街地ともお別れ。王宮広場と旧王宮の外観を写しておく。古い様式で作られた新しい建物が立ち並ぶ街というのは、確かに不思議な感覚であった。 クラクフ郊外通り入口に位置する聖アン教会でも結婚式のまっ最中。そして、教会の正面にはポーランド出身の法王ヨハネ・パウロ2世の肖像が。
展望塔から旧市街方面 展望塔から国立オペラ劇場・文化科学宮殿方面 聖十字架教会
聖アン教会横の展望塔に4ズロチで登る。かなりの絶景。なんでガイドブックに載っていないんだろう…。写真を撮る人には絶対にお薦めのポイント。 完全に逆光だが、国立オペラ劇場と文化科学宮殿を望む。スターリン様式の文化科学宮殿は評判が悪いらしいが、観光客には便利なランドマークでもある。 ショパンの心臓がおさめられている聖十字架教会。内部は工事中で足場だらけ。しかし、その中でも結婚式が行われていた。日本とは感覚が違うのだろう。
南無阿弥陀仏 国立オペラ劇場 劇場内部1
ホテルへ戻る道すがら、つい発見してしまった陶器セット「南無阿弥陀仏」。確かに非常に落ち着いた、シックな絵柄ではあるのだが…。 国立オペラ劇場。オペラシーズンにはまだ早いらしく、この日はロシアのサンクトペテルブルグ・バレエ・シアターの公演。実は日本でも結構有名らしい。 このオペラ劇場も1965年に再建されたものだが、昔の建物を再現しているらしい。たしかに日本では考えられない豪華な雰囲気。着飾っている人も多い。
客席と舞台 ロージェ席 劇場内部2
客席はいわゆるオペラハウスの作りで、馬蹄形にステージを取り囲んでいる。ただ、ウィーン国立歌劇場などに比べると日本のホールに割と近いイメージ。 客席はほぼ日本と同じだが、席と席の間がかなり大きく空けて取ってあり、さらに3人のボックス席や個室があったりもするのが、多少違ったところ。 バレエはさすがで、特に人々の群舞に感動。動いているだけで人に感動を与えることもできるのだなと再発見。歯さえ痛くなければいい時間だったのだが…。


旅のメモから

・朝食は十分に立派。ポーランドの郷土料理もうまく取り込んである。特にハム類とジュースはおいしい。あと鶏肉も。海外に来て思うのだが、日本は肉類の取り入れ方を間違ってしまったような気がする。「癖がない」「すっととけるような」が重視されがちだが、それでは十分な肉のうまみは感じられない。
・東欧ということもあり、なんとなくチェコに似た雰囲気。ただ、いかにも共産主義的な部分と、そうでない非常にきれいな部分とが明確に分かれている。きれいなところは日本以上にきれいだし、スタイリッシュ。
・無名戦士の墓。日本には千鳥ケ淵に戦没者墓苑があり「無名戦没者の墓」ということになっているが、戦士のものではない。おそらく靖国神社との絡みがあってそうなっているのであろう。国家に忠誠を誓うということの究極の形(代償?物語?)としてこういう形を用意しているのかもしれない。この日も多くの修学旅行生(小学校5,6年生ぐらい)が来ていたが、教師は生徒にこの施設のことをどう教えるのであろうか。その良しあしはともかく、日本とは何なのかと考えさせられる。
・鼻がむずむずしたらどうするのかなとか、もしあの墓に飛び込んで行ったらちゃんと動くのかなとか、そんな不謹慎なことも考えてみたり。
・国立オペラ劇場の窓口で今夜のバレエのチケットを無事購入。非常に分かりやすい英語。ポーランド人の英語は非常に日本人には分かりやすい。やはり、一番分からないのはニューヨークの現地人が話す英語であろう。お互いに外国語というのは、逆に理解しやすい。
・観光客満杯の旧市街に比べ、新市街は物価も安いし、雰囲気ものんびり。近くの雑貨店でネスティー(どうもポーランドでは非常にポピュラーな飲み物のよう)を購入して、新市街広場でのんびり。横の道をパカパカと馬車が通る。
・キューリー夫人博物館で50ズロチを出したところ、受け取り拒否。もっと細かいお金はないのかというので、仕方なく5ズロチ×2枚を渡す。40ズロチのおつりぐらいいいだろうと思うのだが…。博物館自体は可もなく不可もない感じ。とはいえ、キューリー夫人の生涯については大分詳しくなった気もする。当時の女性の地位であそこまで上り詰めたというのは本当にすごいことなのだろう。最後は大分ガミガミばあさんだったようだが…。
・ワルシャワ歴史博物館は「本当にここでいいの」というぐらい狭く、しっかりとした博物館ではないような入口。にもかかわらず、荷物は全てクロークに預けろと言われる。「なんじゃいな」と思っていたのだが、見るにしたがい、その認識を改めざるを得なくなった。規模、展示品の幅の広さ、展示方法においてそうとう優秀な博物館である。とはいえ、事前にポーランドの歴史をある程度勉強して行かないとわからない展示も多い。私はこの本を事前に読んでいたので、本当に面白かった。
・ワルシャワのプロシア被占領時代の記述の中で「プロシア統治時代に、道路計画が進んだり、郵便制度が整備されたり、一般の人がかかれる病院ができたりとポジティブな一面もあった」との記述が。被支配者の立場からこのように冷静な判断をするというのは、アジアでは若干考えにくいこと。
・さらに、ロシアへの抵抗の背景として「日本が日露戦争においてロシアに勝ったので」と記載。ポーランドの大きな歴史に日本がからんでいたとは。やはり日本とポーランドは隣の隣の国なのだろう。(ちなみに日本とポーランドの関係について知りたい人は、こことかを見てください。)
・王宮はピカピカ。現実感がないとも言えるし、むしろ実際につかわれていた時の宮殿というのはこんな雰囲気だったのかなあと感じることもできる。そういう意味ではなかなか楽しい。しかし、なんで5ズロチ(ガイドブックでは12ズロチ)だったんだろう。土曜日は安いのだろうか。あるいは、中庭で軍事博物館の宣伝をしていたことと関係あるのだろうか。謎である。また、写真撮影もみんなしているのだが、ある部屋ではダメと言われた。これはその部屋だけがダメだったのか、あるいは全体が本当はダメなのかがわからない。王宮だけにいろいろと謎が多い。
・しかし、外観は立派だが内部は質素な日本の城と、外観は質素だが内部は立派な海外の城とは大分違ったものであるなあ。日本の場合、書院(生活の場)であっても、内装は基本的におとなしいしなあ。
・展望塔から見ていたところ、バスと自動車とトラムとか、うまいこと譲り合って共存していた。つまり、トラムに乗り降りする人がいるときは自動車がとまって人を乗り降りさせ、バスもトラムがいないとその通路部分に止まり、いる場合は待っていた。日本ではそれだけのスペースも精神的余裕もないだろう。
・結婚式多し。カトリックは確か離婚を認めていなかったはず。末永くお幸せにー。ちなみに、結婚後のあいさつは2人に対して行うようで、2人と会話するために、どこでもずらっと行列ができていた。また、どうも正規の参列者以外でも並んでお話をしていいらしく、明らかに平服の人が、バラの花数本を持って並んだりしていた。どういう仕組みなんだろうか。
・国立オペラ場に行ったのはホール自体に興味があったのと、海外の一流バレエを千円ちょいで見れるということ、ウィーンの予習でみんなどんな格好でくるのか見ておきたかったため。ホールはさすがポーランド1の劇場。さすがであった。雰囲気は1階オーケストラ席は完全に社交場だが、2階以上は平服でもさほど問題のない感じ。
・演目は「オネーギン」。「エフゲニー・オネーギン」を種本に、チャイコフスキーやストラビンスキーの楽曲を使いながら、かなりドラマ仕立てのダンスであった。せりふはなくダンスだけで進んでいく。そういう意味では外国人でもわかる内容。ダンスはさすがにむちゃくちゃうまく、群舞だけで結構感動した。個人的には派手な演出が好きなのだが、後半だれた感もあり、多少残念。
・この日は午後から、左奥歯が痛む…。特に夜はひどかった。これまでも時々痛くなっていたが、ほぼ1日で治るためほっておいたのだが…。あと1週間近くあるのにどうしようと、正直、不安な一夜を過ごしたのでありました。
今日の泊まりは「Polonia Palace Hotel(ワルシャワ)」


今日のお買いもの(1ズロチ≒35円)

・市内交通1日券 9ズロチ
・ネスティー 4ズロチ
・キューリー夫人博物館 10ズロチ
・ワルシャワ歴史博物館 8ズロチ
・アイスクリーム 2ズロチ
・王宮 5ズロチ
・ピエロギ+ビール 30ズロチ
・展望塔 4ズロチ
・Tシャツ&水2本(中央駅で) 32ズロチ
・オレンジジュース(国立オペラ劇場で) 6ズロチ
・プログラム 8ズロチ
合計 118ズロチ のこり342ズロチ
(別途、カードで38ズロチ[国立オペラ劇場])


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