 |
 |
 |
わざわざ岡山駅でひかりレールスターを降りて、こだまに乗り換え。いよいよ残すところあと2カ月となった0系新幹線に乗り納め。撮影していたのは私一人。 |
山陽こだまの乗車状況は、通常はまあこんなもの。11月はすごかったらしいが、それなら普段から乗ってやれよと言いたい。新幹線がなくなるわけではないが…。 |
いまとなってはレトロな0系の運転席。0系は個々の編成ごとに非常にくせがあり、これを伝承するのが困難なことも、引退を早めたらしい。 |
 |
 |
 |
0系のドアの上には、一般の人がつい触れる場所に、自動と手動の切り替えスイッチが付いている。幼い日にはこれを「手動」にしたりと、いたずらしたものである。 |
洗面台もレトロ。ちなみに、私は東京出身の関西育ち。親戚はみな東京にいる。物心つく前から、何度となく新幹線で東京大阪間を往復していた。 |
男子用トイレのオレンジの窓ガラスはなぜか昔から印象に残っている。人がいるのを確認できて、でも見えすぎない色ということでこうなったのだろう。 |
 |
 |
 |
夏前からJR西日本は0系新幹線の宣伝をしていたが、休日の夜にしてこの状況。何人かお仲間を見つけたが、あまりにも少ない。葬式鉄は直前しか動かないのか。 |
ビュフェのシンク。もう2度と使われることはないのであろうが、きれいに磨かれていた。写真撮影をある程度意識しているのかもしれない。あと2カ月。 |
ビュフェの棚。おかしやお弁当が積まれていたのであろう。食堂車も事実上なくなってしまい、鉄道の旅は、快適にはなったが、つまらなくもなったものである。 |
 |
 |
 |
昔は「○○株式会社の○○さん、電話が入っておりますので○号車までお越しください」などと、プライバシーなんて全く考えない車内放送が入ったものである。 |
相生駅で数分間停車の間にじっくりと撮影。よく政治駅とも言われるが、当時は相生に勢いがあったことや、姫路・岡山間に他に目ぼしい町もないのも事実。 |
深夜の新神戸で0系ともお別れ。長い間、おつかれさま。そして、旅も終わった。 |